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恒心文庫:二人の食卓

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本文

11月も中旬になりすっかり寒くなってきた。
街は暗くなるのを早め、夕方には家に向かう勤めびとたちが顔を伏せ足早に歩く。
夏とは違い、外ではしゃぐ子どもたちの姿もめっきり減り、カラスの声も聞こえない。
人肌が恋しいなと思っている矢先、懐かしい人から電話があった。
「やあ、ヒロくんかい?久しぶりに食事でもどうかな」
キミちゃんの声を聞き、ワシの心はにわかに色めき立つ。
キミちゃんはかつて体と唇を重ね合った恋人だった。
しかし、ワシには息子がいたし、二人とも仕事が忙しくなりいつしか疎遠になったりして、
連絡を取らなくなり、関係は消滅したのであった。
「キミちゃん、ワシも会いたいぞ」
興奮を押し隠すように努めて平静に返事をし、段取りを決めると電話を切った。
食事はどこかレストランのようなところでということで話は進んだが、
ワシら二人が一緒にいる姿を見られるのも都合が悪いだろうということでワシの家で会うことになった。
料理はワシがつくり振る舞うことになった。
キミちゃんはそれじゃワシに迷惑だと言ってくれたが、ワシがそうしたいんじゃというと
キミちゃんは電話口ではにかんで了承してくれた。
それからワシは準備に励んだ。
大きなベッドや、料理をしないために家にはなかった大きな冷蔵庫を買ったりした。
もしかしたら、これをきっかけにワシらは家族になれるかもしれないと思うと自然と顔がほころんでくる。
約束の日当日。キミちゃんが大きな花束を持ってやってきた。
「これ、ヒロくんに似合うかと思って」
ワシは嬉しくなり思わずキミちゃんに抱きついた。
「ダメだよヒロくん。まだ早いよ」
キミちゃんの手を握り家の中に入り今に連れて行く。
「それじゃ、料理を出すから待っとるんじゃ」
ワシは台所に向かい、既に調理をしていた料理を出した。
「ほれ、豚汁じゃ、ポカポカになるぞ」
キミちゃんは一口二口豚汁をすすると、深くため息をついた。
「ああ、生き返る。とても美味しいよ」
ワシは嬉しくなりキミちゃんの左腕にギュッとしてしまった。
いかんいかん。こんなことをしている場合ではない。次の料理を出さなければ。
ワシは台所から卓上ガスコンロと鍋を持ってくる。
「冬といったらしゃぶしゃぶじゃ」
たっぷりの野菜と肉を用意してワシは言った。
キミちゃんは美味しそうに食べてくれる。
たっぷり用意したはずのお肉はもうなくなってしまった。
「ヒロくん、もうお肉ないのかい?」
「用意すりゅよ!」
ワシは台所の買ったばかりの冷蔵庫を開け、息子の死体を取り出した。
大きなベッドの上で既に解体済みだったのであとは少し加工をしてやれば食べられる状態になっている。
食卓ではキミちゃんが待っている。
大好きじゃ、キミちゃん。

(終わり)

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