恒心文庫:レンタルたかひろ始めました
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エクシアの追求で事務所の経営が傾いてしまったので「レンタルたかひろ」というサービスを始めた。
1時間10000円、内容をツイートしていい場合は5000円で俺をレンタルできるサービスだ。
ネット誹謗中傷に10年以上向き合ってきたベテラン弁護士が手頃な金額で法律相談、人生相談、謝罪、食事などに付き合うという慈善のような活動だが、隙を見て依頼に繋げていけば十分採算が取れるだろう。
そんな魂胆で宣伝ツイートをしてみるとすぐにDMが飛んできた。
「レンタルたかひろお願いしたいです!品川でツイートなし5時間ほど法律相談可能ですか?」
思い付きの企画で5万円の大口!しかも法律相談だ。
事務所の経営が危うい今こいつを逃すわけにはいかない。
「日時のご希望は?」
「27日の8時30分からお願いしたいです!」
「可能です」
「ありがとうございます!住所は…」
本当はエクシア被害者の話を聞きに行く予定だったが仕方ない。事務所のためだ。
業務を原田に任せてスケジュールを調整した。
27日朝、父の車で品川に向かう。
指定された住所は何の変哲もないビルのようだった。
「弁護士の唐澤です」
「お待ちしておりました!」
身なりのいい青年が現れた。
10代後半〜20代前半というような見た目だが時計もスーツも良いものを使っている。
かと思えば眉毛は整えていないし歯は不揃いで似つかわしくない印象を受ける。
怪訝に思ったが将来の依頼者のため余計な感想は押し殺した。
ブチッ
「痛ッ!」
「すみません!ゴミがついていましたので…」
青年は俺の髪に付いていたというホコリの塊を見せてくる。
出かける前にチェックしていたがどこかで付いてしまったようだ。
「奥へどうぞ!今お茶を出しますので…」
「いえ…とんでもない…」
青年が運んできたカップに手を付けるとヌメっとし感触が指に伝わり、思わず手を離してしまった。
「あっそのカップ!申し訳ありません!今替えをお持ちしますので!」
「あ…いや…」
青年はこちらが口を挟む間もなくカップを下げ、新しいものを用意してくれたが手を付ける気にはなれなかった。
「それでは本題なのですが…」
相談自体は何の問題もなく進んだ。
誹謗中傷に悩んでいるという青年に開示請求といった措置の知識を授け、最後に法律事務所Steadinessを紹介。
青年も満足したようで、依頼も視野に入れると言ってくれた。
将来の顧客開拓に成功し、喜ばしい気持ちで自宅に戻ってTVを点ける。
多発しているという強盗事件のニュースを何気なく見ていると強烈な違和感が襲ってきた。
「このビル…」
被害現場として画面に映し出されたビルは見覚えのある、というより今日まさに行った所だ。
混乱する頭を整理しているとインターフォンが鳴った。
こんな真っ昼間に…
「唐澤さんですよね?警察の者ですが」
「事務所の方も伺ったのですが不在とのことで」
急いでドアを開けると2人の警官が矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「今日の9時頃からお昼まで何してました?」
「どこ行ってました?」
「それを証明できるものなどありますか?」
答えに詰まる俺を見た警官は丁寧に言い直す。
「本日発生した品川区の強盗事件について何かご存知ではありませんか?」
「可能であれば任意で同行をお願いしたいのですが…」
慌てて手元のスマホでTwitterを開くと、案の定依頼者のアカウントは消えていた。
感じた違和感がすべて綺麗に繋がっていく。
俺が事件現場にノコノコ入っていった事実は周囲の防犯カメラが証明するだろう。
現場からは「物証」として毛髪が発見されて鑑定に回される筈だ。
ホコリと称して引き抜かれた俺の毛髪が。
キッチンには俺の指紋がベットリと付いたカップが落ちているかもしれない。
付いていた粘性の液体は食用油だろうか。
2人の若手警官は目の前で号哭している自分の倍は生きているであろう男の背中をさすりながら、停めているパトカーまで歩を進めた。
タイトルについて
この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。
リンク
- 初出 - デリュケー 初心者投稿スレッド☆2>>14-16(魚拓)
- 恒心文庫:唐澤貴洋のレンタルたかひろ開始をチャンスだと思って - 題材が同じ