「Niconico」の版間の差分

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>臥薪嘗胆包皮民
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>グロマンコスプレイヤー
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'''niconico'''(にこにこ)とは、株式会社ニワンゴ<ref>2015年10月1日にドワンゴと合併(ドワンゴが存続)しニワンゴは解散した。</ref>が提供するサービスの総称。主なサービスに「ニコニコ動画」「ニコニコ生放送」「ニコニコ静画」などがある。<br>
'''niconico'''(にこにこ)とは、株式会社ニワンゴ<ref>2015年10月1日にドワンゴと合併(ドワンゴが存続)しニワンゴは解散した。</ref>が提供するサービスの総称。主なサービスに「ニコニコ動画」「ニコニコ生放送」「ニコニコ静画」などがある。<br>
この記事では[[恒心教徒]]のniconicoでの活動を年代ごとに解説する。
この記事では[[恒心教徒]]のniconicoでの活動を年代ごとに解説する。
{{see also|ニコニコ大百科}}


== 2012年 ==
== 2012年 ==
5月31日にニコニコ大百科に[[唐澤貴洋]]の記事が作成され、この出来事によりニコニコ動画への進出が開始されるも2012年前半はさほど積極的ではなく、「世界大量殺人ランキング」といった不穏な動画や「ジュニアアイドル」「[[核兵器]]」といった尊師に関係のあるネタの動画に「[[唐澤貴洋]]」のタグを付ける程度の活動であったが、わずかながら動画投稿はなされていた。
5月31日に[[ニコニコ大百科]]に[[唐澤貴洋]]の記事が作成され、この出来事によりニコニコ動画への進出が開始されるも2012年前半はさほど積極的ではなく、「世界大量殺人ランキング」といった不穏な動画や「ジュニアアイドル」「[[核兵器]]」といった尊師に関係のあるネタの動画に「[[唐澤貴洋]]」のタグを付ける程度の活動であったが、わずかながら動画投稿はなされていた。


一方、[[長谷川亮太]]や[[照井優一郎]]などのクソコテに関しては元々なんJで知名度が広まっていた為か、デジモンや恋愛サーキュレーションなどの動画で風評被害的なコメントとして全面で出ていた為、尊師に比べるとそれなりに認知度はあった。
一方、[[長谷川亮太]]や[[照井優一郎]]などのクソコテに関しては元々なんJで知名度が広まっていた為か、デジモンや恋愛サーキュレーションなどの動画で風評被害的なコメントとして全面で出ていた為、尊師に比べるとそれなりに認知度はあった。
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8月になると[[ださいたま]]や[[paranoid]]によるニコ生での[[けんま]]実況配信の人気により、ニコニコ支部のメンバー数が急激に増加した。また恒心と同じく[[例のアレ]]カテゴリである「真夏の夜の淫夢」は元々なんJと繋がりがあった為、恒心側に人数が流れ込む効果を生み出した。
8月になると[[ださいたま]]や[[paranoid]]によるニコ生での[[けんま]]実況配信の人気により、ニコニコ支部のメンバー数が急激に増加した。また恒心と同じく[[例のアレ]]カテゴリである「真夏の夜の淫夢」は元々なんJと繋がりがあった為、恒心側に人数が流れ込む効果を生み出した。


MMD路線は急成長し、今年に始めたばかりとは思えないほどの高クオリティな作品や教徒製モデルが発表されるようになる。よって[[第15回MMD杯]]は順位を気にせず純粋に楽しめば良いとの意見もあったが、最終的に工作員が介入、[[尊師応援歌|やっぱり尊師がナンバーワン]]となった。
[[MMD路線]]は急成長し、今年に始めたばかりとは思えないほどの高クオリティな作品や教徒製モデルが発表されるようになる。よって[[第15回MMD杯]]は順位を気にせず純粋に楽しめば良いとの意見もあったが、最終的に工作員が介入、[[尊師応援歌|やっぱり尊師がナンバーワン]]となった。
また副産物としてMMD杯がきっかけで「[[オメガ]](第14回)」「[[涼子P]](第15回)」を特定して新たなネタを獲得、その膨大な油田は[[ハセカラファミリー一覧#外伝主人公|外伝主人公]]として分けられる程となっている。
また副産物として[[MMD杯]]がきっかけで「[[オメガ]](第14回)」「[[涼子P]](第15回)」を特定して新たなネタを獲得、その膨大な油田は[[ハセカラファミリー一覧#外伝主人公|外伝主人公]]として分けられる程となっている。


MMDによるパカソンPV路線への期待もありパカソンアレンジも昨年より多く投稿された他、[[けんまP]]によってOrpheus作曲ではない新作パカソンが投稿され、パカソン路線の新しい形が提示された。
MMDによるパカソンPV路線への期待もありパカソンアレンジも昨年より多く投稿された他、[[けんまP]]によってOrpheus作曲ではない新作パカソンが投稿され、パカソン路線の新しい形が提示された。


「[[KO-SHIN Disco]]」に代表されるMAD路線も開拓された。昨年の第一次[[玉音放送]]に続き第二次玉音放送が行われ、さらに[[Googleマップ]]事件で恒心教が、練馬区役所爆破予告事件などで[[麻原彰晃掲示板]]がテレビ初進出を果たしたことによりMAD素材が集まったこともこれを後押しした。
「[[KO-SHIN Disco]]」に代表される音MAD路線も開拓された。昨年の第一次[[玉音放送]]に続き第二次玉音放送が行われ、さらに[[Googleマップ]]事件で恒心教が、練馬区役所爆破予告事件などで[[麻原彰晃掲示板]]がテレビ初進出を果たしたことにより音声素材が集まったこともこれを後押しした。


ニコニコ路線の成功に伴う[[芸術路線]]の盛況は、そのまま[[事務所一派]]の増長に繋がり、後に恒心教を大きく衰退させる内部対立「[[事務所騒動]]」の発端となった。
ニコニコ路線の成功に伴う[[芸術路線]]の盛況は、そのまま[[事務所一派]]の増長に繋がり、後に恒心教を大きく衰退させる内部対立「[[事務所騒動]]」の発端となった。
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恒心教そのものがネットミームとして拡散しきったことに加えて、相次ぐ芸術教徒の[[脱恒]]も重なってニコニコ内での恒心教の注目度は薄れていった。
恒心教そのものがネットミームとして拡散しきったことに加えて、相次ぐ芸術教徒の[[脱恒]]も重なってニコニコ内での恒心教の注目度は薄れていった。


それでも話題性が完全になくなったわけではなく、新たな玉音放送の転載や事の顛末を改めて解説した動画、さらには[[一般男性脱糞シリーズ]]の合唱アレンジがシリーズ化して大きな注目を集めた。
それでも話題性が完全になくなったわけではなく、新たな玉音放送の転載や事の顛末を改めて解説した動画、さらには[[ゆゆうた]]による[[一般男性脱糞シリーズ]]の弾き語りの合唱アレンジがシリーズ化して大きな注目を集めた。


[[MMD杯]]では運営が尊師MMDの排除に乗り出したことで全面戦争に突入。杯を機能不全に追い込んだ。
[[MMD杯]]では運営が尊師MMDの排除に乗り出したことで全面戦争に突入。杯を機能不全に追い込んだ。
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[[事務所一派]]の中心人物である[[藤原太一]]をネタにした動画が去年の暮れあたりから投稿され始めていたが、それらに対して開示請求が行われた。
[[事務所一派]]の中心人物である[[藤原太一]]をネタにした動画が去年の暮れあたりから投稿され始めていたが、それらに対して開示請求が行われた。


既に半壊状態だった[[MMD杯]]は第20回をもって無事死亡した。
既に半壊状態だった[[MMD杯]]は第20回をもって無事死亡した。その一方で[[ビームマンP]]が新イベント・[[MMD杯ZERO]]を開催し、MMD路線の再興に望みを繋いだ。


10月には[[AbemaPrime]]で尊師と[[西村博之]]の対談が実現。かつてニコニコ動画を運営していた株式会社ニワンゴの元取締役だったこともあって、ニコニコ内でも騒然となった。
10月には[[AbemaPrime]]で尊師と[[西村博之]]の対談が実現。かつてニコニコ動画を運営していた株式会社ニワンゴの元取締役だったこともあって、ニコニコ内でも騒然となった。
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* [[例のアレ]]
* [[例のアレ]]
* [[Orpheus]]
* [[Orpheus]]
* [[MMD杯]]
* [[ニコニコ大百科]]
* [[川上量生]]
* [[川上量生]]
{{スタブ}}
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{{路線}}
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