恒心文庫:飛べない鳥

本文

今日、尊師が死んだ。
冬の虎ノ門。アスファルトに広がる血の海に、尊師は肉の塊として浮かんでいた。過激派教徒がついに尊師をナイフでメッタ刺しにしてしまった。
その凶行はツイキャスを通じ多くの教徒が目撃した。またその一部始終は動画としてネット上に広く拡散された。

尊師が本当に殺害されたことで約4年に及んだ炎上騒動は最高潮を迎えた。
しかし熱狂は程なく冷め、深い喪失感が恒心教徒たちを包む。
数年間彼らの中心に居続けた尊師はもうこの世にはいない。その意味を教徒たちは静かに実感していくことになる。

毎日カラケーに神聖六文字を書き込み続けていたある教徒は、その日小骨が喉に引っかかったような違和感を覚えた。
彼がいつものように唱え続けた神聖六文字が、急に神聖なものでなくなったように思えたのだ。事実、神聖六文字は多くの教徒にとってただの文字の羅列と化してしまった。

教祖のサジェストを汚す為、感情を捨てスクリプトと化した男がいた。
彼の手も急に止まってしまった。「こんなことをして何になるんだ」と失くしたはずの心が叫んでいた。その声を無視できなかった。

尊師は死んだ。骨だけを残し、この世から消えてしまった。
尊師は動かない。
この先殺害予告をしても、誹謗中傷しても、サジェスト汚染をしても彼はリアクションをしてくれない。
開示もしなければ、インタビューも受けない。Faithbookも永遠に恒心されない。事務所にけんますればリャマが通報するかもしれないが、当然それは尊師によるものではない。
恒心教徒たちのひたむきな信仰は、もう尊師に届かない。絶対に。

他の恒心教徒たちが虚脱感に見舞われる中、男は目を閉じながら露になった亀頭を右手で激しく扱いていた。
男のイメージの中で尊師は生きていた。

男はけんまもできないチキンだった。尊師を目に焼き付ける勇気がない臆病者だから、イメージの世界で尊師と会うしかなかった。
しかし、イメージの中の尊師は決して死なない。男が望む限り、彼だけの、彼の側にいる弁護士でありつづけるのだ。

尊師はパンツ一丁で、白いブリーフ越しに未使用チンポが主張していた。チンポの先端が擦れた箇所にシミが出来上がっている。
あのシミを舐めたい。きっと胆のように苦いだろう。男は生唾を飲み込む。

でもその前に―――チンポが見たい。そう男が願うと尊師はストリッパーのように艶やかに腰をくねらせる。
想像の世界の尊師は犬のように従順だ。艶かしく腹を弛ませながら尊師はブリーフをゆっくりと下ろしていく。
男は思わず息を飲んだ。彼が核兵器を所有しているというのは真実だった。

男は尊師の肉体を蹂躙し、変態を極めたような激しいセックスをしたいと常日頃から考えていた。
喩えて言えばうじスレ住人たちのように。
しかし尊師の38年間未使用状態のままだったチンポを見た瞬間、男の脳内にドーパミンが溢れ、海綿体の膨張は限界を越えた。
好きな人の性器が目の前で開示される。その事実だけで男は満足だった。尊師に対する愛情がそこには確かにあった。

男は男根を扱き続ける。手首のスナップをきかせ、一心不乱に刺激をチンポに与え続ける。きっとチェルノブイリ級の射精ができるはずだろう。
しかしなぜだろうか。なかなか絶頂に達しない。
尊師がデブチンポを此れ見よがしに見せつけているというのに、扱いても扱いても、駄馬のように男のペニスはまるで反応しない。
鈴口からは白濁液どころか、カウパーすらも流れ出てこない。ついに男は射精できなかった。

尊師は死んだ。
男がこの先、いくら勇気を出してけんまをしても、尊師はそこにいない。
彼の恋焦がれた腹や尻、未使用デブチンポはどこかの斎場で上級国民たちの目の前で灰になってしまった。
空の色は鈍色だ。雨は激しく降り、雷はミサイルのような轟音を発していた。
こんな空では飛べないだろう。滲んだ景色を前に、男は自分に言い聞かせた。そう言い聞かせるしかなかった。

<完>

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