恒心文庫:鏡よ鏡、この世で一番弁護士なのはナーリ?
本文
お前だあああああああ!!!!!!!
突如として、力ある言葉が鏡を向こう側から叩き、そのまま当職の耳をつんざいた。砕け散る鏡、その破片一つ一つが四方八方にまたたくまばゆい光の中、何か黒いものがよぎる。
黒い腕である。照ら照らと汗に濡れた腕が、飛び散る破片をかいくぐって伸びて来る。
それは一息の内に当職の胸ぐらを握りしめ、すぐさま地面へと引きずり下ろす。身につけていたジャケットの縫い目が端の方からほつれて飛び、ワイシャツのボタンがぷちぷちと一つずつ飛んでいく。渦巻くスラックスに巻き込まれてパンツが視界から消えていく。
そうして気づいた時、当職は冷たい床に横たわっていた。裸である。染みつく様に冷たい床が触れた所から当職の体温を奪っていく。
当職は膜がかかった様に朦朧とする意識の中、自分をかき抱こうとした腕、その両手首を何者かに掴まれているのを感じていた。
脈打つ様に熱をもった風が、荒い呼吸とともに頬を撫でる。ついで、何か濡れたものが顎に押し付けられ、そのまま当職のうなじをずりずりと上っていく。
焼けるような熱と、しばらくしてやって来る心地よい冷たさに、当職は顔を歪めずにはいられなかった。そうして、縦横無尽に顔の表面を走り回るそれを掻い潜る様に、当職はどうにか目を開けていく。
薄っすらと、徐々に開けていく視界。そこには父が映っていた。視界いっぱいに広がる父の顔が、首を振りたくる様に上下左右へと振られている。その動きに沿うように、または逆らう様に、大きく開かれた口元から伸びた真っ赤な舌がのたうちまわり、縦横無尽にうねっている。
呆然とした当職の目玉を滴が垂れそうな程に濡れそぼった舌先が這い回り、そのまぶたの裏にねじこまれていく。暴れる視界。暴れる手足。焼けつくような違和感から必死に逃れようとした視線に、何か赤いものが右左とテンポよく揺れている。
それはチンポだった。父は裸で当職を抑え込み、恍惚とした表情で身動きできない当職の顔を舐めまわしているのだ。
そうして唖然とする当職に、不意に、父はキスをした。今までの暴力的な愛撫とは打って変わって、まるで慈しむかの様な優しいキス。小鳥がついばむ様に、軽く落とされるキス。
当職は頭が真っ白になった。愛されている。当職が愛されている!喜びのあまり震え出す当職の体、気づけば顔の横で局部を一心不乱にこする父。まるで溶け出してしまったかの様に曖昧になる意識に、二人の声が響く。
あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!
もはやどちらのものかもわからない大量の精液が宙を舞い、当職の顔面に降り注ぐ。父のつばで薄っすらと濡れていた肌に落ちた精子は滲むようにして顔面に広がる。その真っ白な顔に、あの優しいキスを落とされた唇だけが赤く色づいている。
当職は父の愛を感じていた。まちがいなく、世界で一番といっていいほど愛されている。
なぜなら、かつての一番はもうこの世にいないのだから。
当職は口の端を微かに上げると、そのまま静かな眠りについた。
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- 初出 - デリュケー 鏡よ鏡、この世で一番弁護士なのはナーリ?(魚拓)