恒心文庫:空白の1日

本文

弟が、厚史が憎かった。
勉強もスポーツも人間性も、全てが俺より優れていた。
それに気づいていた父は家の資産のほとんどを厚史に生前贈与する手続きを進めていた。
祖父の代から徹底した実力主義を貫く唐澤家、出来損ないの兄に渡す財産はない。
だから、殺した。

1995年の8月25日、両親が泊まりがけの旅行に出かけた日の深夜に眠っていた厚史の後頭部を鉄パイプで殴った。
徒競走で負けて笑いものになった小学生時代、自分だけ受験に失敗し別々の学校に通うことになった中学生時代、「お前も厚史を見習え」が両親の口癖になっている現状、これまで押し込んできた感情の全てを吐き出すように殴り続けた。

それから数分後、我に返った俺は血だらけで動かなくなった厚史を部屋の出窓に制服のベルトを掛けて吊った。

逃げるように家を飛び出て証拠品を処分して帰ると、旅行から帰った父が遺体を見つけていた。
翌日の事情聴取で明らかに焦り支離滅裂な言動を取っていた俺は「弟が亡くなったショックで動転している」ことになった。
遺体にこれでもかと付けられた暴行の跡の事件性も否定された。

俺の殺人を消すために父はいくら金を積んだのだろう。
家名を守るためかもしれないが、父が俺を守ってくれたのはこの時が初めてだ。

だからさ、厚史。
お前の命日は俺に殺された日じゃない。
父さんが『息子』を俺に切り替えた1995年8月26日だ。

何も知らないハセカラ民が仕掛けてくるであろう突っ込みを想像し、ほくそ笑みながらツイートを送信した。
https://archive.ph/wL6nB

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。

この作品について

2022年8月26日、唐澤貴洋が前日であった厚史の命日を「今日」としてツイートしてからわずか2時間後に書かれた小説である、デリュケー作家陣早杉本賢太。

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