恒心文庫:片想い

本文

胸が苦しい。昼下がり唐澤貴洋は溜息をつく。
別に昼食を食べ過ぎて胸焼けを起こしたわけではない。
痛みの原因は別にあった。それは未だに処方箋の無い病気、恋だ。
唐澤貴洋は一人の女性に恋をした。彼女を初めて目にしたのは一週間前。
いつも昼時に通うオフィス街にあるマクドナルド。そこで新しく働き始めた女の子だ。
彼女に出会ってからは日常が一変した。恋という雷に撃たれた男は創痍だ。
正午を過ぎたらマクドナルドに赴き、彼女にポテトとスマイル40298個頼むことだけが生き甲斐になっている。
このままではいけない。想いを伝えよう。名刺を渡そう、そこから始めよう。もしかしたら彼女が辛くて眠れなくてウチの事務所を頼るかもしれない。
玄関でスーツの肩のフケを払う。行こう、唐澤貴洋は事務所を後にした。

いつ通ってるが、覚悟を決めたぶん血の巡りが速く体は火照る。
到着したら汗でずぶ濡れになっていた。入り口のガラス越しにポニーテールの彼女の姿を確認する。遠くからでもひときわ輝いて見える。
自動ドアを通り店員の挨拶が振りかかる。しかし、耳に届くのは彼女の声のみ。息を大きく吐き列に並ぶ。彼女の隣の男の店員の別の列への誘導は無視した。
汗が止まり、順番が来た。注文を聞く彼女の声だけで身が震える。
ポテトのL4つコーラL3つと答える。ポケットの中の名刺を持つ手が落ち着かない。目が合わせられない。すると、

あれ、今日はスマイル要らないんですね。

驚いた。彼女は覚えてくれていたのだ。脈ありに違いない。心が躍リ過ぎたため名刺は渡せなかったが、脇にずれた貴洋は幸福のあまりそれも忘れて突っ立っていた。

放心状態で受け取った後、ようやく名刺のことを思い出した。そうだ、渡さなくては。食べるのは店内で、と答えていてよかった。帰りに渡せる。
渡すまでに過ごす時間が惜しい席につき、急いで食べる。座席につくとズボンの汗が尻穴に入り込んで痛かったが、気にならなかった。
3分ほどで完食、完飲し、立ち上がる。勢いは大切だ。注文ラッシュが終わったようだ。重たい腹を揺らして彼女へと真っ直ぐに走る。
息を切らしてやって来た美男子に彼女は驚いた様子だった。
お客様、いかがなされましたか

恋をしたんだ。 心の中で呟く

必死に口を動かす
こここここここここここここここここここここここここここここここここれ。
遂に名刺を差し出せた。
彼女は受け取り目の色を変える。しか、何故だか隣の男にそれを回した。隣の男はこちらを睨み、レジを出てくる。
ま、まさか彼氏なのか。
男の言葉を聞くのが怖い。だが発せられたのは恐れていた言葉ではなかった。

警察を呼べ!お前何大変なものウチの店員に見せつけてんだ!

そう言って唐澤貴洋を羽交い締めにした。
頭の中が真っ白で身動きできない唐澤貴洋は見た。彼女の軽蔑の目と握りしめられた小学生女子の裸の写真を。
そして全てを理解した。

床に倒された唐澤貴洋は涙を流し咆哮した。

あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )

昼下がりマクドナルドに中年男の涙と下痢のマックシェイクが散らばった。

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