恒心文庫:毬遊

本文

事務所が虎ノ門にあった時のことだ
この事務所は、しょっちゅう唐澤のヘマのせいで得体の知れない奴らの嫌がらせのターゲットにされていた。された嫌がらせは数え切れない。
嫌がらせが延々と続くので最初はこれも嫌がらせだと思っていた。これというのはこの事務所にいると時たま刺すような
あるいは射るような視線を感じるのだ
盗撮されてるんじゃないかと思いあちこち調べたのだがそういった類のものは見つからず
ストレスで自律神経失調症になりかけているのだと無理矢理納得させていた。
そんな健康に関するぼんやりとした不安を抱えつつ過ごしていたある日
へちゃむくれデブの誤字脱字だらけの資料の校正に手間取り気がつくと22時を過ぎてしまった、唐澤と祥平は2人とも退勤している
小腹がすいた俺は俺はあらかじめ買い置きしてたコンビニのサンドイッチを齧りながらコーヒーを飲んでいた。
ぼんやりとしていると事務所の奥の方から何やらポーンポーンと音がする。
その音を認識した途端また強烈な視線が俺を貫く、俺の背後にピタッとくっついているのか?先程から聞こえるポーンと何かが弾む音がすぐ後ろで聞こえる。
思い出した。この音はボールをつく音だ、布出てきているのか幾分か音は穏やかだおそらくついているのは鞠?
そういや唐澤のやつ、君の悪い絵画を買っていたな、恐る恐る絵が飾ってある壁に目をやると、額縁の中には書かれているはずの人物はいなかった。
まさか?俺の後ろで鞠をついているのは?
振り向けない、身動きすら取れない
ワイシャツが汗でじっとりと濡れあちこちにシミを作り肌に張り付く。
鞠が弾み俺の視界の端を転がっていた、それを追うようにやけに白く長い手が鞠を追いかける。俺は目をぎゅっと瞑った、視線がさらに強くなる。俺を至近距離でマジマジと見つめているに違いない。
もうダメだ、逃げよう早くこうするべきだった、硬く閉じた瞼を開くと、着物を着た女が鼻がくっつくと言わんばかりの距離で俺のことを見つめていた
椅子に座ったままひっくり返り頭を強か打ち付ける瞼の裏に火花が散ったのを最後に俺は意識を手放した。
翌朝唐澤に体をゆすられて気がついた
唐澤と祥平が心配そうに俺の顔を覗き込む
夢だったのだろうかと思いつつ2人の質問に答えている最中、また強烈や視線を感じた
あの絵だ…!飾ってあるあの絵の中の女が目を限界まで見開き俺のことを凝視していた。
その日のうちに俺は唐澤に頼んであの絵を仕舞ってもらった。
いったいどこで買ったのか調べたところ
唐澤がアートフェアで買ってきたものだとの判明したので当時のカタログを見せてもらうと同じものと思われる絵が載っていた
しかし、カタログの絵の中の女の目はしっかり閉じられていた。
俺が事務所でさっき見た時はしっかりと目を開け双眸は俺のことを睨んでいた筈だ。
俺には今どこかにしまわれているあの絵の女が目を開いていたかどうか確かめる勇気はなかった。

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。

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