恒心文庫:教育制度に対する重大な挑戦

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 今年の俺は去年までのとは違う。努力の日々を思い出しながら、Kは手のひらの上で人を3回飲み込む。今日は彼の懇願するKO大学の入学試験日なのである。
 イヤーホンでパカソンを聴いたり、父からのエールを思い出したりしていると、そこはもう大学の目の前であった。
 Kが門の前で持ってきた正露丸を確認していると、この世のすべてを牛耳っていそうな黒いもみあげをしたスーツ姿の男が声をかけてくる。自分のことをMと名乗り、その男は、
「あなたは、もしかするとここの受験生さん?」
「ええ。当職はここの受験生ナリ。」
「受験は一生にかかわることですからね、万が一のことがあっては大変でしょう。」
 男はにやりと笑みを浮かべると、懐からボタンの付いた小さな機器を取り出して、
「こいつをあなたの携帯電話と連携させておくと、もし着信音が鳴ってしまっても遠隔ですぐに止めることができるんですよ。こいつのボタンを押してやるとね。」
確かに、念には念をだ、と考えてKは300円という手頃な価格のそれを買うことにした。
「有難う御座ます。ただしね、お客さん。そいつを使うには幾かの注意事項ってもんがあるんですよ。」
「ハァ……。それは一体?」
「当たり前のことなんだけどね、携帯電話に電源が入ってなきゃいけないんですよ。」
なるほど、それはそうだとKは電源を入れる。
「次にですね、マナーモードにしてあるとそいつはまったく意味がないんですよ。」
Kはマナーモードを解除する。
「これで当職はアクシデントの心配をする必要がなくなったナリ。いやあ、ありがとうございます。Mさん。」
「いやまだだよ。着信が無きゃあそいつは機能しませんからね。」
これはいけない、とKは自分の携帯電話の番号をMに渡すと、軽く礼を言い、受験会場に入っていった。
 嗚呼、今日の試験も余裕なほど必死に勉強をしてきたKも、このときばかりは20分後を見ることすらできなかったというのだろうか。いや、彼は勉強だけができるようになったにすぎないのだ。
 Kにはこの後、数年間に及ぶ臥薪嘗胆の日々が待っている。

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