恒心文庫:患い

本文

殺害衝動は存在する。
どんなに人格者と謳われる人間の脳にもその電気信号はずっと潜んでいる。
人間に限らずどの生物だってそうだ。
犯罪者と非犯罪者の違いは理性の強度が違うだけなのだ。
いくら自分が血を見るのが嫌な人間だと自負する者でも、信号をより強めて与えれば快楽殺人者にオセロの駒のように変貌する。
いくら衝動を拒否しようと大多数の人間は抗えない。
戦争は人間の衝動の記録そのものだ。
だが、それは道を踏み外したものではない。世代を跨ぎ殺しの衝動が欲症しただけなのだ。
殺害衝動にもいろいろな理由はあり、一概に括れない。
その中で私は思う。もし、自分の大切な人間を殺されて仕返しをしないなら
そいつこそ最大のエゴイストだ。
それは殺しに対しての潔癖。自らの手を汚すのが嫌なだけだ。
人間は本来ただの動物だ。生存の選択は己の衝動に従えばいい。
何故ならそれが答えだからだ。目の前で凶器を振り下ろされて手を背中の後ろに回す人間が居るだろうか。
殺害の罪は社会が作ったただの枷だ。
私は枷をなくすため弁護士になった。
父との肉体関係を告発しようした弟を殺害した、というだけで貼られたレッテルを剥がすために。
己の名誉の為に。

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