恒心文庫:初冠
本文
大学の図書館にて
平安時代の文学書を私は手に取っていた。
ふと開いたページには初冠(ういこうぶり)とあり、私は今は亡き友人を思い出した。
あの日に思いを馳せる。
去年のあの日、成人式の会場にて
晴れ着に身を包みながらも気分は晴れていない。昨日刺身に手を出したからだろうか。
私は重い腹を抱えながら指定された席に着く。
突然古い油がツンと鼻を刺した。続いて何かを貪る音が響く。
臭いのする方角に目をやると、あろう事か友人の唐澤がいた。
マクドナルドのセットにがっつきコーラをズズ、と啜っている。皆が顔を歪めた。
友人の唐澤貴洋。高校の同級生で古くからの友人である。
頭が弱くルールも守れず、私も近頃は会うのを控えている。
まさかここまでやるとは。
そう思い落胆しつつ彼に目を向ける。
すると彼の異変に気づいた。
彼の身体は震え、黄ばんだ臭い汗に塗れている。
いつもは堪えの利かない彼だが必死の形相で何かを堪えている。
―まさか、ウンコか?
彼の堪えが限界に達すると同時に、私の嫌な予感は的中した。
「もぉダメェ!!我慢できないナリ!!漏れちゃうナリィィィィィ!!(ブリブリブリドバドビュパッブブブブゥ!!!!!ジョボボボボジョボボボ!!!!!!!ブバッババブッチッパッパッパパ!!!!!!」
晴れやかな会場の空気が殺伐とした喧騒に汚されていった…
彼は会場の職員に付き添われ救護室に運ばれていった。彼の晴れ着は薄茶に汚れ、異臭を放っていた。
式の翌日
朝が来る。式の打ち上げに参加した私は眠い目を擦りながらリビングへと向かう。
すると母が深刻な顔で私に電話の受話器を渡し、言った。「唐澤君が…!」
電話は唐澤の母からだった。
彼は、自殺していた。
私は笑うことも泣くことも出来なかった。
大学の図書館にて
ふと、肩をつつかれる。振り返ると、私の彼女がそこにはいた。カフェに行きたいそうだ。
私は彼女に手を引かれ、カフェに向かう。もう、彼のことなど頭にはない。
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- 初出 - デリュケー 初心者投稿スレッド☆1>>934(魚拓)