恒心文庫:兄より優れた弟など存在しない

本文

誰のセリフの受け売りか。お兄ちゃんお答えください。

その言葉がオイラの胸にどれほど深い傷を負わせたか、兄ちゃんは考えようともしないようで、うっすら口角を上げていた。

出来損ないほど勘が働くもので、オイラは子供の頃から知っている。
オイラは兄ちゃんと比較されるためだけに生かされていることを
オイラは兄ちゃんを引き立てるための影でしかないことを
そんなオイラは眉目秀麗、文武両道、完璧超人である兄ちゃんが無能と比べられて更に華やかになる様を見て、不快な顔をすることができなかった。
皮肉なことに、オイラは無能であることで始めて存在する意義を与えられ、兄ちゃんと対にならない能のある人間になろうものなら商品価値が即ゼロになる運命にあったのだ。

密かに兄ちゃんに憧れを抱いていたことは言うまでもない。

ある日、兄ちゃんを用水路に呼び出した。
まだお互いに確執のなかった幼き日、ジャンボタニシを食べようとして溺れたオイラをずぶ濡れになって助けてくれた優しい兄ちゃんとの思い出の用水路──


なぜここを選んだのか、おびただしい月日の流れた今になってもわからない。
埋め立てられ舗装された元・用水路を見る度に胸がチクリと痛み、身が震える。

本当に兄さんを殺すしかなかったのか。
母さんやひろしを騙して兄さんにすり替わることでしか、憧れた兄さんに近づく方法はなかったのか。
当職の稚拙な脳では、その答えは死ぬまでわからないだろう。
でもきっと兄さんはそんな愚かな当職を笑って許してくれる。

兄より優れた弟など存在しないのだから。

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