恒心文庫:うつくしい

本文

あまりにもすばらしいお天気なのでKは仕事を放り出してお散歩に出かけることにした。
 飼い犬の人間、すなわち正確に言えば飼い人間のYのリードを持ち、散歩に行くよと意思表示すれば、彼はひどくうれしそうに尻の穴に刺された尻尾をふりふりと振った。

 ――その尻の動き、うつくしい! 

 Kは思わずうめき声をあげずにはいられない。
 筋肉の調和、肉体による意思の表示、輝かんばかりのYの笑顔!
 彼らは微笑みあいその瞬間を共有する。
 けして完全にはまじわらない、半径の異なる2つの円のような人の精神と精神、そこに今共有の一点すなわち接点が生まれたのだ!

 ――ああ、うつくしい!

 KとYはもう叫ばずにはいられない。
 我々の2つの精神に接点を見いだせた、これほどの幸せがあるであろうか!

ビルを出ると、外の光景はこれまたうつくしい!
 見たまえ、そこかしこで降り積もり、まだ溶けない雪の結晶たちがキラキラと輝いているではないか!
 静かに輝く冬の太陽、細い女性の腕に浮き上がるごとき静脈のような青をした空、そしてそこにぽっかりと浮かんだ雲、何にでも形を見出すことのできる雲!
 
 ――Yくん、きみにはあの雲は何に見えるかね?

 ――僕にはバニラ・アイスクリィムのように見えます。ほら、Sで売ってるあれですよ。

 ――ははあ、それはうつくしい! 実を言うとだね、当職には先ほどからあの雲が、女子小学生のふくらみかけの乳房に見えて仕方がないのだよ!
    もしかするとその原因には、以前東南アジア某国で購入した女児の存在が影響しているのかもしれんがね!

 ――非常に面白い観点ですね。
    つまりあの雲というものは形を持たずしてあすこに存在しており、その識別というものは僕ら個々の裁量にゆだねられているというわけだ!

 ――うつくしい!

 2人は感極まって叫ぶ。
 2人の声帯がぴりぴりと震え、その振動によって生み出された無能ヴォイスと有能ヴォイス、それらは絡まり合ってT門中をめぐりまわるのだ!
 きっとそれはあらゆる性行為よりも密接かつ粘着質な絡まりに違いなく、Yが絶頂にいたるのとほぼ等しい音速すなわち360m毎秒で、この世界を旅しようとしているのだ!
 ――ああ、なんとしたことか!
 それに気づいたKは、歓喜のあまりまたうめき声をあげずにはいられない。
 この優しい世界をまっさきに旅するのは、ヒカリにつづいてこのうめき声にちがいないのだ!

四つ足で歩くYを従え、Kは近所の小学校へと乗り込もう、と考える。
 校庭を駆けまわる小学生たち、齢2桁にも満たない女生徒たち、その穢れを知らぬ笑み、悪意のない表情。

 しからばそれを当職が蹂躙すれば、彼女たちはいったいどのような苦悶の表情を浮かべるのであろうか?

 Kの陰茎はその空想によってむくむくと持ちあがり、白きスラックスに小山のようにテントを生み出す。
 Yがその白きテントの周囲をくるくるとなぞる。けして中心の屹立、陰茎には触れぬよう細心の注意をはらい、しかしKに快感を与えるような感触。

 ――この感触、うつくしい!

 Kはもう思わずスキップせざるにはいられない。四つん這いのYがひょこひょことそのあとをついてゆく。

 目的の小学校グラウンドにつくとKは辺りを見回す。
 ちょうど昼休みであったようだ、校庭を駆けまわる少女、少女、少女! 少年、少年、少年!
 その元気のよさを見たまえ、はつらつとした生気に満ちた肉体の動きを観察したまえ!
 
 ――うつくしい!

 KとYは思わず叫ばずにはいられない。
 事務所に来る陰気もしくは陰茎な顔をした連中と比べてみれば瞭然、彼らのその健全で豊かで華麗なさまをみよ!
 Kはスキップしつつ鉄棒のそばにいる青髪の少女へと近づく。
 ――何年生なの? 3年生? へえ、意外とおっぱいあるんだね。
 無邪気な瞳でこちらを見る少女に話しかけつつ、その感触を楽しもうと手を伸ばしたKは、ふと思いとどまってその手を止める。
 
 ――どうしたんですKさん、早く彼女の感触を楽しまないと国営セコムがきちゃいますよ。

 真面目な顔をしたKに、全裸犬耳首輪尻尾男Yが不思議そうにたずねる。

 ――いやしかしだね、少々考えてみたまえYくん。
    当職が今それに触れてみればだ、彼女の穢れなきうつくしさというものは、たちどころにして雲散霧消してしまうのではないかね。

 Kは思案にふける表情で語りだす。

 ――いやなに、当職の言いたいことは単純なことだよ。すなわちだね、今の彼女は純水のようなものだ。一点の曇りもなく、陰りも無い。
    では当職のこれから行おうとしていることは、その水に一滴の黒いインクを垂らすようなものではないだろうか?
    これはいけない。
    純水であるがゆえの彼女のうつくしさが、損なわれてしまうではないか。
    となれば矢張りここは我慢をしてだね、じろじろと舐めまわすように観察することこそが、肝要なのではないかと思うのだよ。

 ――ちょうど僕が、Sで買ったバニラ・アイスクリィムを舐めまわすようにですか?

 尻穴にさされた尻尾をふりふり聞いていたYがたずねると、Kは大きくうなずく。

 ――ちょうど君が、Sで買ったバニラ・アイスクリィムを舐めまわすようにさ。
    つまり、バニラ・アイスクリィムを食するということは一般青髪幼女のふくらみかけの胸を凝視することと同義といえる、そういうわけだね!

 ――うつくしい!

 新たなる共有点の発見に感極まった2人は、もう天高く声を張り上げられずにはいられない。
 持ち上げられた声はぷかぷかとこの空を飛び、あのバニラ・アイスクリィムにもJSのふくらみかけの乳房にもみえる雲まで遠く届くのだ、嗚呼、うつくしい!

ふと気づくと彼らは青い服の男性たち、すなわち国営セコムに取り囲まれている。

 ――おや見たまえYくん、穏やかではないね。当職たちはどうもポリスメンに囲まれてしまったようだ。

 ――なるほど、何やら不法侵入やら猥褻物陳列などといった単語が聞こえますね。彼らと来たら、オートマティックの拳銃をこちらに向けていますよ。

 ――ふむ、オートマティックの拳銃! 冬の日光を浴びて、それらときたら実に黒光りしているじゃないか。
    実を言うとだね、当職は先ほどあれを見た瞬間から、どうもパパの陰茎を思い出してならないのだよ。

 ――おや、それは奇妙な一致ですね。僕としては、M会長の陰茎を思い出してならないところでした。

 ――うつくしい!
 
 パトカーのサイレンをかき消すほどの大音声で彼らは叫ばずにはいられない。
 バニラ・アイスクリィムと小学生の乳房に関する共通事項を発見したばかりだというのに、今度はオートマテッィクの拳銃と陰茎に関する共通事項を見いだせたのだ! 
 これほどまでに多くの発見をおこなえるなどとは、このお散歩は大成功と言えるではないか!

 ポリスメンたちに手錠をかけられながらも、彼らの顔からは笑みが消えることは無い。
 彼らの精神、その2つの円は3つの共通事項の発見により、いまや完全に一致したのだ! この事実にこそ感嘆せずに、我々はいったい何に感嘆できるというのか?

 美というものは物体を鑑賞すること、すなわち我々による「対象化」によって味わうようなものではなく、まさにその目的意識を越えた部分、ただ「存在する」ことだけにあるのだ!
 しからば人の精神の重なりというものは、それが雲をバニラ・アイスクリィムと客観視しようと膨らみかけの幼女の乳房と客観視していようと、それこそ、ただその重なりのみで《美》であるといえるのではないか!

 肉体的自由が奪われた? それがどうしたというのだ。食事は与えられる。我が生はかき消されるわけでもない。
 肉体を縛り付けようとも、我々の精神というものは柔軟に動き回りつづけ、そしてまたうつくしいものをどこかに見出すにちがいないのだ。

 その事実についに気づいた四つん這いのYと勃起したままのKは、思わず顔を見合わせて叫ばずにはいられない。

 ――嗚呼、うつくしい! 

 のちにその重大な美への挑戦によって、1弁から2人の弁護士の名が消えたということだ。

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