恒心文庫:開拓者
本文
からさんは身震いした。
夜の肌寒さの為ではない、事務所に誰もいない人肌恋しさの為でもない。
ただ体の奥底にうごめく、くすぶる熱の所為である。
セラミックの床の上、仰向けで寝転ぶスーツ姿の彼の眼は冴えていた。
ぱっちりと開かれたつぶらな瞳が、じっと真っ白な天井、その一点を見つめている。
からさんはぼんやりと、真っ白な大洋に漂う自身の姿を見た。
冷たい空気がからさんの肺に入り、わずかに体温を奪って抜けていく。
本当に一人なんだなぁ。
改めて、からさんはそう思わずにいられなかった。
今の彼は、言わば地図も羅針盤も無く、行く宛ても無い冒険に出ているようなもの。
つまり、途方に暮れていたのである。
その身を焦がすような不安が、新しい事務所名へと暗に出たのかもしれない。
しかし反面、不安と同じくらい大きな期待を抱いているのも、また事実であった。
はだけた胸元、その左乳首を挟んで弁護士バッジがピン留めされている。
元々弁護士は一匹狼だ。
地図が無いなら自分で描くし、むしろ自分が羅針盤となり迷える子羊達を導くのだ。
一人になった今だからこそ、自分の力が試される時では無いか?
思わず握り込んだ左手に力が入る。
今こそ、当職の全力を示す時!
途端、握り拳の内側から熱い奔流が全身へと広がる。
同時に甘く、強烈な痺れが全身を駆け巡っていく。
前後不覚になる程の強烈なエネルギー!
それは白目を剥いて痙攣する彼の露出した下半身、手の内で脈動する羅針盤の鈴口から猛烈に解き放たれ、粘っこい音をたてて真っ白な天井へ次々と着弾していく。
奇しくもその輪郭は、北方領土の内2島、歯舞群島と色丹島に酷似していた。
「明日はもう2島ナリね」
貴洋は口元に跳ねた自らの精液を舐めとると、不敵に微笑んだ。
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