恒心文庫:郊外

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本文

都会の喧騒から離れた郊外に、柔らかな草原があった。草原は夜風に揺れ、葉擦れの音がさざ波の様に広がっていく。その流れの中には二つの影がまぎれていた。小さな影が、大きな影の手を引いているのである。
小さな影は貴洋であった。つぶらな瞳で辺りを興味が赴くまま見回し、前へ前へと進んでいく。
大きな影は洋であった。白いもみあげを風に任せ、前を行く貴洋を暖かな目で見つめている。
二人はやがて、小高い丘の上にやってきた。貴洋はそのつぶらな瞳を上へと向け、そして心奪われた。
そこには、都会で見ることはとてもできないだろう、素晴らしい星空が広がっていた。
貴洋は興奮した様に後ろに立つ洋に駆け寄ると、そのままの勢いで円を描く様に洋を中心にして回る。そしておもむろにもみあげを引っ張り、もう片方の手で空を指差す。子供故の無邪気さである。大事な人と共有したいのである。
洋は困った様な、しかし幸せそうな笑みを浮かべた。そして貴洋が懸命に指差す星空に目を向けた。綺麗な星空である。透き通った夜に、星がそれぞれ瞬くのである。
しかし、洋は知っていた。彼は星ではなく、星々の間に目を凝らしていた。そうして数時間、貴洋が疲れて寝入った頃。貴洋を膝枕しながら見上げていた夜空に、何か丸いものが紛れ込んだ。いや、二つだ。洋は、星々の間を縫うように抜けて行く何か、その反対側から同じように猛スピードで飛んでいる何かを、視界に捉えていた。
それは、笑みを浮かべた人の首であった。満面の笑みを浮かべた人の顔面が、洋を見ながら星々の間を滑るようにして流れているのだ。心なしか、その輪郭は徐々に大きくなっている気がする。
対して、その反対側から直線的に飛んでいくそれは、品の良さそうな笑みを浮かべた人の顔面である。撫でつけられた白髪を暴風に振り乱しながら進むそれは、どうやら満面の笑みに向かって飛んでいるらしい。
予想通り、しばらくするとそれらはぶつかりあった。そしてぶつかり合う一瞬に光を放ち、夜空の闇に溶けていく。
洋はそれを見届けると、悲しげに顔をゆがませた。他の星に目をやる気力は、もうなかった。

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