恒心文庫:謝罪の代償

2021年8月9日 (月) 13:02時点における>チー二ョによる版 (ページの作成:「__NOTOC__ == 本文 == <poem> 「どうなってるんだ!」 壁の厚みはおよそ1メートル、特殊な合金と複数層からなるコンクリートで作ら…」)
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本文

「どうなってるんだ!」
壁の厚みはおよそ1メートル、特殊な合金と複数層からなるコンクリートで作られ、電波も届かないその部屋で怒号が轟いた。
「うまく処理するように私は指示し、お前は頷いた。その結果がこのザマか?」
そう言いながら男は執務机の椅子に深く腰掛け、葉巻を取り出した。
怒鳴られた男は小刻みに震え、目が泳ぎながらも、かろうじて一言を発する。
「ですが会長」
そう発した瞬間、会長と呼ばれた男はことさらに大きな音を立てながらシガーカッターで葉巻の先を切ると、静かに言った。
「ですが、というのは相手に反論するときに使う言葉だ。
とするとあれか?私はいま、お前に反論されたのか?」
まだ火をつけていない葉巻を机の上に置くと立ち上がり、近づいていく。
「お前、いま私に口ごたえをしたのか?」
顔を近づけ、そうゆっくりと会長と呼ばれた男は言った。
「いえ、違います。そういうつもりでは」
詰問されている男の呼吸が荒くなり、声が震える。
「そういうつもりではない?は!
ということは、つまり、そう解釈した私は馬鹿ということか?」
男の周りを時計回りに歩きながら言う。
「まあいい。一旦落ち着こう」
そう言いながら笑うと、男の肩を強くつかみ耳もとに口を持っていった。
「今回の粉飾は死人がでる。じゃあ誰が死ぬ?お前か?駄目だ、お前じゃなんの足しにもならない。
私はお前に処理をしろと確かにいったはずだ。それが、なぜここまで漏れている?
優秀だと思っていたが、とんだ無能だったな。期待はずれだ」
一気に囁くと、顔を一旦離し、男の指を見た。
「お前、汚い爪してるな。帳簿をつける手がそれだと困る」
そう言うやいなや、会長と呼ばれた男は相手の男の右手をねじりあげ、床に伏し倒した。
「私が爪を切ってやろう」
そう言いながらシガーカッターを取り出し、人差し指にはめる。
「やめてください!お願いします!今度はちゃんとやります!」
伏し倒された男は見動きが取れないまま泣きながら叫んだ。
「今度なんかないんだ!今、お前がへまをしてくれたおかげで、私たちは窮地にいる!違うか?」
「ちがくありません!その通りです!」
この間、会長と呼ばれた男はシガーカッターをカチャカチャと指に傷がつかない程度に動かしていた。
「死人がでると言ったが、ヘマをした責任を取る奴も必要だ。そうだろ?」
「お願いします……お願いします……」
「私はチャンスを与えた。お前はそれを潰した。そればかりか、全体に迷惑をかけたんだ」
会長と呼ばれた男が、ふんと力をいれる息遣いが聞こえるとカチャンという金属音が響いた。
同時に男の絶叫も轟いたが、その声は部屋の外に漏れることはなかった。

「別に殺すとは言ってないだろ」
会長と呼ばれた男が、床に倒れた男を見下しながら微笑み言った。
倒れた男は、荒く息をしている。
「謝罪のための、持参品も必要なんだよ。手ぶらで謝られても許す気にはならんだろ?」
プラスチックで出来た容器をカタカタと振りながら続ける。
「お前が指を10本も提供してくれたおかげで、これから10箇所に謝罪に行ける。お疲れ」
会長と呼ばれた男は、ニタっと笑いながら部屋を出ていった。

(終了)

挿絵

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