恒心文庫:用水闘

2021年5月15日 (土) 16:41時点における>チー二ョによる版
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本文

「ATUSHI、お別れナリよ」
そう言って唐澤貴洋は実の弟を殺した。まず呆気に取られている弟の喉にナイフを突き立てる。弟は反射で防御しようとしたがもう遅い、ナイフはすでに奥まで達していた。

ヒュコォォ・・・ヒュコォォ・・・

ナイフを抜くと弟は血と声にならない声を吐き出す。虫の息とはまさにこのことだろう。
抜いたナイフを今度は胸部に突き刺す。弟は最後の力を振り絞り唐澤貴洋の首に向けたが抵抗も空しく最後の一撃を決められた。
そのまま唐澤貴洋はナイフの抜き刺しを続ける。辺りは一面鮮やかな血の色に染まったが、それもやがて酸化し汚れた黒みを帯びた。肉と液の吹き出すリズムだけが夜の静寂の中に響く。
「・・・、終わったナリ・・・・さよなら・・・・・・ATUSHI・・・」

唐澤貴洋は自分と同じ血を全身に浴び虚ろな目をしつつその場から離れる。弟が何を思っていようが知ったこっちゃない。唐澤貴洋の弟になってしまったことがいけなかったのだ。



『グチュ・・・グチュ・・・』

「!?」

後ろから音がする。とっくに弟は死んだはずだ。まだ息があるのか?そんなはずはない、そう思いつつも振り返るとそこには見たこともない化け物が立っていた。
口から血ではなく何か長いものを吐き出している。足は割け、なにか細長いものが代わって生えてきている。手や胴体にも亀裂が走り中では何かが蠢いていた。

「ゴェ・・・グェ・・・」

バチョッ! という破裂音とともに弟の残骸は血の海に飛び散り、奇怪な生物が出現した。

「ゴエェェェェーー!!!!」

宣戦布告の鳴き叫び。
先程まで弟に恐怖を与えているという事実に興奮していた唐澤貴洋は、その怪物を前にして直感的恐怖により今度は己が身を震わせた。
刹那 唐澤貴洋は走り出す。
人間が目に入ってきた情報を処理するのには最低でも0.1秒かかるというが唐澤貴洋は思考を放棄することでその先を往った。

【ダチョウ】
ダチョウ(駝鳥、Struthio camelus)は、ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属に分類される鳥。鳥でありながら飛ぶことは出来ず、平胸類に分類される。
属名 Struthio はギリシア語でダチョウの意。 往時、ダチョウはサハラ以北にも棲息し、地中海世界にもある程度馴染みのある鳥であった。 この語はまた、英語: ostrich など、ヨーロッパ各国でダチョウを意味する語の語源でもある。 種小名 camelus は「ラクダ」の意。

その情報が脳に巡ったのは走り始めて数秒経ってからだ。
なぜ弟が生きている?なぜ弟がダチョウに?理解不能な情報は処理を放棄する。最優先で動かさねばならないのは頭ではなく手足だ。

ドスッドスッドスッ・・・ 背後から元弟であろう化け物の迫りくる音が聞こえる。死神の鎌の音が。
ダチョウの走る速さは時速50kmを軽々と超えるといい、時速20~30kmの人間とはレベルが違う。さらにそのキック力は常軌を逸しており、人はもちろんハイエナさえ蹴り殺すことが可能だそうだ。
追い付かれること即ち死だ。

「俺に近づくなァアアアアアアアアーーー!!!!」
「ゴエェェェェエエ!!!」

このままでは絶対に追い付かれる。あれが、元弟が俺を恨み追いかけてきているのには間違いない。
唐澤貴洋は覚悟を決し、手にしていたナイフで血闘を挑む。元弟も足を止め、片足を浮かせて睨み合いの臨戦態勢に入る。
二対の目と目が合う。

「唐澤厚史殺す」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。その瞬間だった。

「ゴエエエエェェェェェ・・・・・・」
バッチョョッッッーー!

目の前の元弟は腹から臓物と血を吹き出しつつ倒れた。
何が起きたのか、何が起きてるのか、さっきから何もかも理解不能だ。


「貴洋クン、君、弁護士にならないモリか?」
背後からまた音がする。
黒モミのスーツ姿の男はダチョウに片手を翳しながらそう言った。

挿絵

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