恒心文庫:唐の名は。
本文
朝眼が覚める。
やけに身体が重い。ふと気付くと俺の身体は東大ラグビー部で鍛えた屈強な身体から脂肪がでっぷりとついただらしのない身体になっていた。
不意に手垢塗れの傷だらけの携帯電話からアイドルソングが流れ始めた。
俺は反射的に携帯を取り応答した。
「はい!山本です!」。
「からさ〜ん、また遅刻ですか?それにからさんの名前は山本じゃなくて唐澤でしょう。寝惚けてるんですか?とにかく急いで出勤してくださいね」。
俺の名前が唐澤?俺の身体がこんな巨漢?
「そうか、これは夢なんだ」。単純明快な結論に達し俺はなんとか「唐澤」という男の職場を手垢塗れの携帯から割り出し「法律事務所クロス」に辿り着いた。
PM21時、なんとか法律事務所クロスで仕事を終えマンションに帰る。といっても「唐澤」という男の仕事は無いに等しく一日中ネットサーフィンをするだけだった。「山岡」という同僚の弁護士が淡々と仕事をこなし「唐澤」は窓際に座るだけ、そういう職場だった。唐澤の携帯を見てみると、日記をつけていた。
「今日は女子高生の盗撮画像を入手したナリ。」
「仕事帰りにSOWAのアイスを食べたナリ。」
といった日記が書かれていて私も日記を書くことにした。
「今日、知らない人間と身体が入れ替わった。不思議な一日だった。」
朝、眼が覚めると当職の身体は筋肉質な男の身体に変わっていた。股間にいつもと違う感覚を覚え触る。
屈強な脚と脚の間には巨大な男根が朝日を浴びそそり立っていた。
「なにこれナリ・・・」。
ピコン!枕元に置いてある携帯からラインが届く。
『須藤「早く事務所にこい!遅刻だぞ!」』。
「面倒ナリ」。
当職は携帯電話の電源を切り一日部屋でゴロゴロすることにした。どうやらこの男の名前は「山本」というらしい。職業は弁護士で独身、男前な顔立ちで体格も良い。「カッコいい人ナリね・・・」そんな独り言を呟いているうちに当職は不意に眠りに落ちた。
あれから入れ替わりは数回起きた。
俺たちはお互いの生活を守るためルールを決めた。
「おい山本!当職のアイスを勝手に食べるなナリ!」
「食ってるのはお前身体〜」
「おい唐澤!仕事中ロリドルの動画見るな!」
「うるさい男ナリね」
騒がしい入れ替わりの日々を数週間送った後俺たちの入れ替わりは起きなくなった。
ずっと何かを、探している。
毎日何かを探していることを思い出す。
気付けば涙が流れている。
今日も俺は電車で都心の事務所に出勤する。
反対車線の電車が通り過ぎる、その瞬間短髪で小太りの男が目に入った。
ずっと何かを探していた。
俺は全力疾走で走り出し虎ノ門の街を駆け抜ける。
息切れが激しい、もう倒れそうだ。
その瞬間小太りの男も息を切らして俺の側へ向かってくる。
「あ、あの!」
震える声で声を掛けた。
「君を、どこかで!」
小太りの男は答えた。
「と、当職も!」
二人は同時に言った。
「君の名前は?」
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- 初出 - デリュケー 唐の名は。(魚拓)