恒心文庫:傾いた天秤

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本文

「山岡くん、当職と別れて欲しいナリ」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔、という慣用句がある。それはきっと今目の前にある顔のことを指すんだとぼんやり考えていた。

山岡くんが当職を愛していてくれたのは知っている。鈍感な当職でさえ分かるぐらいなのだから相当なものなのだろう。二人で出かけた回数は数え切れないし、二人で愛し合った夜も数え切れない。二人が積み上げてきた愛がどれほどのものかを分かっていながら突き崩す。当職はきっと、最低だ。

山岡くんが泣く、喚く、懇願する。共にいて欲しいと、別れないで欲しいと叫ぶ。血を吐くような叫びに揺さぶられてもなお、当職の決意は揺るがなかった。当職はもう、山岡くんを抱くことはできないのだ。

君を愛していた、と独白を残し、当職は踵を返した。後ろで地面に手をつき慟哭する男を振り返ることはない。当職は最愛のものを捨ててまで、当職は快楽を貪ると決めたのだ。



悪いもの達に拉致されたあの日。
徹底的に快楽を教え込まれたあの日。
頑丈な貞操帯を着けられたあの日。
貞操帯を外して欲しいと初めて懇願したあの日。

そして、今日に至る。
当職は最愛のものを捨ててまで、当職は快楽を貪ると決めたのだ。

山岡くんを振るという命令をこなした当職に、悪いもの達はご褒美をくれるだろう。
彼の悲しむ姿を気にしている余裕はない。これからの快楽が楽しみで仕方がない。
当職のズボンの奥で、揺れた南京錠が音を立てた。

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