恒心文庫:ケッコンカッコカリ~初霜の場合~

2019年9月10日 (火) 18:59時点における>Ostrichによる版 (正規表現を使用した大量編集 広告追加)

本文

フー、っと息を吐き出しながら私は敵フラグシップ級のル級に狙いを定める。夜の闇のせいでル級はこちらの位置をまだ把握していない。
腰の魚雷発射管に装填されているのは必殺の61cm酸素魚雷である。直撃すれば一撃で戦艦でも空母でも葬り去れるそれはかつての戦争で連合軍からロングランスと恐れられた。駆逐艦から大型艦艇へ唯一致命傷を与えられる「槍」を私は放つ。

バーンという威勢のよい音と共に発射された計6発の酸素魚雷はル級に向かって海中を走っていく。私は心の中で命中までの時間をカウントする。

(…5、4、3、2、1…外れた!?)

炸裂音もしないし水柱も上がらない。ル級はこちらに気づいたようだ。ル級の16inch3連装砲の砲口と目が合った。背筋が凍る。

次の瞬間16inch砲が火を吹いたのが見えた。回避しなければ。と、頭では思うが体が反応しない。

次の瞬間、赤いペイント弾が私の腹に命中する。実戦だったら良くて大破。最悪轟沈していただろう。

見届け人兼教官役として付いて来ていた神通がル級を模した標的を回収している。この標的は自律して動き敵として認識した物にペイント弾を発射する仕掛けが付いている。他にも幾つかタイプがあり深海棲艦との戦いを意識した訓練の時には有用だった。

「珍しいわね、アンタがやられるなんて。」
脇から訓練の様子を見ていた霞が声をかけてきた。胸元に着けてある「18」と書かれた部隊章が目を引く。それはピカピカに磨き上げられており彼女が自分の所属している部隊に誇りを持っているという事が伺えた。
「あぁ、ちょっと今日は調子が悪くて…」
「…アンタ、何かあったんじゃないの?」
「別に何も無いわよ。」
「嘘おっしゃい。アンタと私の仲じゃない、それくらい分かるわよ。」
前世で同じ隊に所属した事もあり、坊の岬沖海戦でも共に戦った彼女とは現在でも友人同士である。
「訓練終わったら少し付き合うわよ。相談に乗るくらいならしてあげるから。」
彼女の性格は若干トゲトゲしい所があるものの、信用足りうると認めた相手にはとことん親身になってくれる。私はそんな彼女の性格は嫌いじゃない。



「えぇっ!アイツの方から告白して来た?!」
「ええ。」
訓練を終え帰還後ラウンジにて話を聞いてくれた霞はとても驚いた様子だった。当然である、私は以前提督に対する恋愛感情を彼女に相談した事があったからだ。それが提督の方からアクションをして来たのだ。やはり私は幸運なのだろう。
「で?なんて返事したの?」
「ええっとね…それがちょっと面倒な事になっちゃって…」



回想

昨晩

私が秘書艦の仕事を終え、部屋に帰ろうとした時提督は声をかけて来た。
「初霜、ちょっと時間良いか?」
「はい、大丈夫です。」
「…あぁ、ソファにでも腰掛けていてくれ。」
とりあえず言われた通りに私はソファに腰掛ける。
「…重要な話だ。多分、俺にとっても君にとっても。」
「…?新たな作戦か何か開始されるんですか?」
「…作戦と言うか、何と言うか…」
提督は初霜と向かい合う形で座った。
「俺にとっては…真珠湾、ミッドウェー並みの…いや、それは言いすぎか。そうだ、キスカだキスカ撤退戦。それくらい真剣な話だ。」
「キスカ…」
あの作戦には私も参加していた。その時の記憶が蘇る。あれほど上手く事が運んだ作戦は後にも先にも無いだろう。艦娘に転生した後も私はキスカ島(暗号名ではキス島)で包囲されていた陸軍の包囲を解いた事があったが、その時は途中で深海棲艦の戦艦と遭遇して酷い目にあった。それを考えると木村提督がどれだけの運と指揮能力を持っていたかが良く分かる。霞がイマイチ提督を信用していないのはきっと彼女がそんな木村提督のミンドロ島沖海戦での座乗艦になった事があるからだろう。提督と木村提督を比べたくなる気持ちも分かるが流石に相手が悪い気がする。

一方でしばらくブツブツ何か呟いていた提督だが、私が心ここにあらずといった状態だったので少し心配になったようだ。声をかけて来た。
「…初霜…?良いか?」
「っ!ごめんなさい!」
「もう一度言う。とても重要な話だ、しっかり聞いてくれ。」
「は、はい。」
すー、と息を吸い込んだ提督は覚悟を決めた様で一気に話した。

「初霜…好きだ。」

「…って、ええっ!?」
「…すぐに答えを出してくれなくても良い。ただ俺の気持ちは覚えておいてくれ。」
パニックだった。北号作戦でも坊の岬沖海戦でも生還した私だが、今回ばかりは焦った。憧れの人も私の事を好いてくれていた…なんて幸運なんだろうか私は…今の私は雪風ちゃんすら凌駕する存在だ!!

だが、嬉しいと同時に私にはまだ心の中で少し迷いが有った。結果、
「…今の私は恋愛には興味がないの。それでも、待っててくれるの…?」
「…あぁ、いつまでも待ってやるさ。」
結局昨晩はそんな聞き方によっては死亡フラグに聞こえかねない台詞を残して撤退して来た。これでは戦争が終わる直前に「私実は鎮守府に恋人が居るんですよ、戻ったらプロポーズしようと…実はもう花束も買ってあったりして。」とか僚艦に呟いて直後にレーザーか機雷に吹き飛ばされてしまうかもしれない。どこかのポロが趣味のF-16乗りみたいに。



回想終了

「で、逃げてきたと…」
「…まぁ、そうなるわね…」
「なにやってんのよ…このグズ。応援してる私が馬鹿みたいじゃない…」
「返す言葉も見つからないわ…」
案の定霞はため息をついて「きみはじつにばかだなぁ…」とでも言いたげな表情で私を見てくる。視線が痛い。

「…なに?アンタ本当にアイツとくっつく気あるの?脅すわけじゃないけど、アイツ狙いの艦娘なんていっぱい居るわよ。」
ざっと思い浮かべるだけでも提督に好意以上の感情を持っている艦娘は多い。いつも積極的にアプローチを掛けている金剛を初め、雷、大鳳、瑞鳳、如月、榛名…ライバルは多い。うかうかしてると提督を取られてしまう可能性もある。戦場で狙っていた標的を横取りされるのとは訳が違うのだ。

「私の思いは本気よ!!」
「だったら…」
「私の思いは本気…でも、ちょっと迷いもあるのよ…」
「迷い?」
一呼吸置いて私は語った。

「今は戦時よね…そんな中で私は提督と結ばれていいのかしら…って思って。」
私達は艦娘。守るべきものの為この身が文字通り水漬く屍となるまで戦わなければならない。そんな中で私は途中で幸せになっても良いものなのだろうか…
「何だ、そんな事?」
「何だ、って!私は本気で悩んで苦しんでるのよ!」
「…いい?初霜。この際だから言わせて貰うけどね、アンタは一人で色々抱え込み過ぎなのよ。」
「…」
霞は私が聴いてくれている事を確かめ、言葉を続ける。
「アンタは一人でも多くの人を守る為に戦ってる。それは私も立派だと思うし素直に尊敬するわ。でも、私に言わせれば全てを守り抜くなんてどだい無理なのよ。」
「そんな事!」
「…言い方が悪かったわ。所詮私達は言わば消耗品の艦娘、それも駆逐艦。一隻で出来る事なんて限られてるわ。現に今日も戦場では誰かが死んでるし、そしてその人達を全員助けるなんてのも無理。」
そのまま霞は言葉を紡ぐ。
「…だから私は私自身の為に戦ってる…私自身と18駆の皆と鎮守府にいるたかだか数十人の為に戦ってる…」
「…」
「…アンタの信念を曲げろとは言わないわ。でも、もう少し肩の力抜いてもいいんじゃない?アンタのお姉さんの初春もいつも言ってるでしょ、戦争は一人でするもんじゃないって。」
「霞ちゃん…」
「…悪いけど、お国の為にどうとか、滅私奉公とかいう言葉、私は大嫌いなのよ。昔、阿呆な上層部が言い出したこの美辞麗句のせいで一体何人の貴重な人材が失われたことか…」
この辺はいかにも上層部嫌いで現場派な霞らしい。「後方の安全な防空壕に引きこもって現場に責任を負わせる事しか知らないお偉いさんに戦場の何が分かる。」というのが彼女の持論である。

「好きなら好きで良いじゃない、そんな面倒くさい事考えてないで。自分の気持ちに素直になりなさいな…私はアイツの事は上官として信用はしてないけど、一人の男としては友達を任せるくらいに信頼はしてるから。」
提督にはきつく当たる事も多い霞だが、決して提督の事が嫌いな訳ではない。それなりの理由がある。
なんでも前世で上層部からの理不尽な叱責のせいで彼女達18駆の司令が割腹自殺してしまったらしいのだ。その人はかつて私の艦長をしていた時もあったのでその人の事は私も良く知っている。非業の死を遂げたと聞いた時はショックだった。
その事が彼女の心に暗い影を落としている原因なのは間違い無いだろう。ちょうど私の名誉が戦後に貶められたのと同じように。
そんな事があったから彼女は提督にはそんな事になってほしくない。そんな感情があるからつい厳しい言葉を提督に掛けてしまうのだろう。
現に以前提督が部隊の損害から海域を途中撤退した時、上の連中が提督の陰口を言っていると聞いた彼女が自分の事の様に怒っていた事を私は覚えている。

「…信用と信頼…か…」
「…ガラにも無い事言ったわ…不愉快だったら忘れて。」
「いえ、少し気持ちが楽になったわ。」
「そう…良かった。」
満足げに霞は呟いた。
「だったら今からでもアイツの所に行ってアンタの思いを伝えてきなさいよ。」
「えっ?今から!?」
「兵は拙速を尊ぶってかの孫子も言ってるわ。グズグズしてアイツを誰かに寝取られたらそれでお終いよ。」
「わ、分かったわ…行ってくる。」
「また途中撤退なんてしてきたりしたら私がアンタの事を雷撃処分するから覚悟しときなさいよ。」
恐ろしい事を言っているが顔は笑っている。不器用な彼女なりの私へのエールなのだろう。
「なんならそのままアイツと夜戦に突入してきても良いわよ。アンタの同室の雪風には私から言っておくから。」
「茶化さないでよ…」
と、霞に見送られて私は提督のいる執務室に進撃した。

続編

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