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恒心文庫:恒心中毒

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

「ただいまーっと……」

一人の男が家路につく
仕事帰りなのか、時計の針は既に6時を廻っていた

「さてメシメシっと、今日は何やってるかな」

手に持った袋の中のホットコーヒーとサンドイッチを机に並べながらリモコンのボタンを押す
袋のロゴを見る限り近くのコンビニから買ってきたものらしい

「ん……」

サンドイッチを頬張りながらスマホをいじる
テレビは一人暮らしの静寂をかき消すためで、内容には興味がないみたいだ
スマホの画面にはいわゆる2ちゃんねる系掲示板が映っていた

「あのデブまだ動画上げてないのか、あいつ時間腐るほどあんだろ舐めてんのかよ」

その後も何やら画面を見ながらコーヒーを啜りブツブツ言っている
彼が見ているのはスヴァールバル諸島掲示板通称スバケー、俗に言うカラケーの一種で、とある無能弁護士の動向を観察するところである

「あの眉毛また開示したんだ(笑)、いくら離れようが気味悪い教徒には変わりないに……オラッ沈めっ孕めっ」

サンドイッチを貪りながらIDスレをハシゴする
無事ゾロ目が出ると満足したのか別のサイトを開く
件の無能弁護士が2ちゃんねるの元管理人と対談しボロクソに貶されている様子が映し出されている

「あーこれこれ、あのバカがこんな言い負かされてるの初めて見たからスッとするわ」

しばらく笑いながら動画を見ると別の動画を見始める
どうやら彼の元同僚であった無精髭の弁護士がサクラレビューの解説をしている

「やっぱあのデブよりいい笑顔してるよなぁ……」

しばらく出演シーンをリピートすると再びスバケーを見始め、やがて一人ごちる


「……からさん」

あの事務所をやめるきっかけになったのは、からさんが反社会的集団とつるみ始めたことだった
今までのからさんの奇行は正直見てて気分がよく、真っ赤な顔で教徒ごときに腹を立てていたのはとても面白かった
時々自分に被害がいくこともあったがその時はからさんと父が必死に土下座して引き止めてくるし、手当も出してくれた
正直手当がなくてもあの面白い光景が見られて気分がいいので残ってきた
しかしからさんがどこの馬の骨とも知らない男とコラボ配信をしたとき、その男の人間関係・経歴を知った時、もしかしたら自分の身が危ないのでは、と本格的に思ってしまった

それからの行動は早かった
すぐに奴らとのコネクションを切ってほしいと
そしてそれができないならこの事務所を辞めると彼に言った
僕の同僚もそれに同調してくれて抗議することになったので、からさんの父は大慌てだった
からさんはコピーもロクにとれない無能だから、僕らを引き止めてあいつらとは縁を切ってくれると思ってた
だけどからさんの無能さは僕の想像を遥かに上回っていた

「当職は、当職を必要としてくれる人にそれ相応の協力をしているだけです」
「ですが相手はネットでも評判の悪いならず者集団ですよ!?からさんは奴らに利用されて都合のいいサイフにされているだけです!」
「当職はそれでも構いません、思えば当職にもあのような人たちがいれば心強く思っていたところです」
「でも!からさんあの配信で凄く居づらそうにしてたじゃないですか!あれが心強い友を得たときの表情とはとても思えません!考え直すべきです!」
「当職のことを悪く言うのは構いません、しかし彼らのことを悪く言うのは見過ごせません」

その目は、まるで人形のように生気がこもっていないようだった
彼は反社集団に憧れていたのは度々監視していたカラケーで知っていたがその度に痛い目にあっていたことも知っている
そして下手すると今度は自分も巻き込まれかねないのだ
教徒相手はどうせ手も出せないのだから心のなかで見下せばいいと思ってる
しかしからさんは一度悪い者共との付き合いが原因で兄弟を亡くしている
からさんが退っ引きならない状況に陥った時、もしかしたら僕の命を売りかねない
からさんの元同僚の風俗弁護士の末路、眉唾ものの情報だがもしかしたら僕もああなりかねないと思うとゾッとした

「出ていきたいのなら出てって結構です、今までありがとうございました」
「からさん!」
「山岡さん、もういいっすよ……洋さん、唐澤、お世話になりました」
「しょうへい……」

説得もむなしく、僕は同僚とともにあの事務所に退職届を出した
からさんの父がこれまでの息子の非礼を必死に侘びてくれたが、それも正直どうでも良かった
もしかしたらこの男も自覚がないだけで、からさんが非行に憧れる要因を作ったのでは?とすら思い始める
願わくば、彼が次に雇うであろうお世話係が清廉潔白な男であることを祈るばかりであった
その願いも呆気なくぶち壊しにされたもんだが

あれ以来、あの事務所には近づいたことすらない
噂では怪しい男がビルの前に居座っているというのだから恐ろしい
……しかし彼の奇行はまだ追っていたいという気持ちがあった
新しく事務所を立ち上げた後も彼の観察は欠かさなかった
正直、勢いであの事務所をやめたのは今でも後悔している
例の反社集団だが、からさんがまた別の政治団体とつるむという奇行に参っているようだ
どんなやり取りがあったかは、自分はもう知ることはできない
まあ仮に僕があの事務所に残ったとしても、あの集団も個人的にはキナ臭いので今度こそ辞めていたと思うが

「……シャワーでも浴びて寝るか」

男は食べたゴミを片付けながら、着替えの寝間着を用意する
明日は新人の面接の日だ
どんな人が来るのだろうか、気味悪い教徒がイタズラで申し込んだとかじゃないといいが
一応電話での連絡も済ませているのでイタズラの線は薄いが、少し恐ろしくもある
あいつらはからさんのみっともない姿を見せてくれるのだが自分にも攻撃してくるので嫌いだ
だがしかし、あの気味悪いはずの教徒に、こうも思うのだ

「あいつら、平気でからさんの観察できて羨ましいな……」

夜も更けてきた頃、男は一人憂いた表情で呟くのだった

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