恒心文庫:幼児語
本文
貴洋は目の前にさらけ出された父洋の臀部、その息づく肛門をジッと見つめてふと思った。
ちんこはチンチンというのに、おっぱいはパイパイというのに。
父洋の尻たぶの影、なお深く暗褐色に色づくそれは何かをこらえるように儚げに震えている。
まんこはマンマンと言わないのはなぜだろう。
貴洋はおもむろに人差し指で蕾の先をほじった。
「あっ あっ」
父洋の声がまるでヒーリングミュージックのように、凝り固まった貴洋の思考を優しく解きほぐす。
気分がリラックスしてきた貴洋はとりあえず口に出して考えることにした。
「チンチン」
蕾の入り口に人差し指を差し込みながら口にしたその言葉は、なるほど、キレがあってスッキリしている。鈴の音が響くような「チン」が重なりあうハーモニー。貴洋は神妙にうなずくと、次の言葉を口にした。
「パイパイ」
唐澤洋どうだ、その弾力に満ちた力強い破裂音!まるでハリのある父洋のおっぱいが上下左右ブルブルと震えているようではないか!差し込んだ人差し指を弧を描くようにしてグチュグチュとかきまぜつつ、次の言葉が自身にどのような感覚を与えてくれるのか熱に浮かされながら貴洋は次の言葉を口にした。
「マンマン」
すると期待とは裏腹に、貴洋がまず感じたのは虚無であった。あたりを静寂が覆っていく。口のどこにも引っかからないモヤモヤとした口当たりの悪さが貴洋をどうしようもなく不安にさせる。まるで仄暗い洞窟に一人取り残された幼子のようだ。自身の動揺に突き動かされ、貴洋はいてもたっても居られず目の前の尻タブを空いた手のひらで鷲掴みにしつつ、輪郭に舌を二、三度這わせて叫んだ。
「ケツ!ケツマン!」
すると、どうしたことだろう。先ほどまであんなに自身を苛んでいた恐怖が、たちどころに吹き飛んだのだ。狐に化かされたように貴洋はしばらくぼんやりしていたが、なんとなく納得した。ケツという暖かな、しかし雄大さを感じさせる音と、溶け出すようなボンヤリとしたマンという音の複合。それは、どこかなつかしい言葉に思える。
自分の生まれてきた穴をじっと見つめながら、貴洋は安心したように一息ついた。