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恒心文庫:信徒

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

空の色は何色か。
混沌とした現代を生き抜くのは困難を極める。
今日もまた、迷える信徒達がKの下へと詰めかける。

最初に現れたのは、ずぶ濡れの少年。
――私の尊師。善くあろうと生きる限り、悪いもの達との衝突は避けられません。善の心を持ったまま分かり合うことは可能でしょうか。私の尊師、お答えください。
Kは答える。
――心魂から悪いものは存在する。しかし彼等にも彼等なりの道理があって動いているのだ。対なす二つの者がぶつかった時に、勝利するのは正しい側ではない。より強い側である。悪魔に魂を委ねてまで勝利した者が、正しい者となれるのだ。お前は善くあろうとしたが弱かった。それだけのことだよ。
少年は、腐り膨らんだ身体から、雫を滴らせて項垂れた。

次に現れたのは、溶け崩れた妙齢の女性。
――私の尊師。自分にとって厄介な者にも、分け隔てなく愛を与えるべきなのでは。居なくなれば良いと考えてしまう邪な心は、健全とは言えないのではないでしょうか。私の尊師、お答えください。
Kは答える。
――人間というものは、己が進む道の石ころほど気にかかるものだ。自らの道理に殉じてこそ、立派で健全な人物と言えなくはないかね。時には強行手段をとるのもやむを得ない。手段など、なんとも些細な問題ではないか。
女性は、もはや形を成してない唇からうめき声を漏らし、影に引き下がった。

次に現れたのは、陰気な青年。
――私の尊師。どうも私は生の実感というものが湧かないのです。自分でも生死が判然としない日々。私の尊師、この苦悩からお救いください。
Kは答える。
――血が通った躯を持っていても、魂を冥府に預けている者は少なくない。半分死した者に引導を渡すことは、僥倖以外の何物でもないだろう。お前も晴れて当職の信徒になったのだ。しっかり現実に直面しなさい。
青年は、クッソ不潔な髪を振り乱しながら睨み付けた。

かくして、問答は終わることはない。
部屋の陰りにふと気がつけば、溢れるほどの人影が、Kを取り囲んでひしめいていた。
K自身、全員覚えきれていないほどの群衆。
彼らはその虚ろな眼窩で、あるいは冷ややかな爪先で首筋に触れることで、Kに敬愛の念を示す。
――あぁ、当職の可愛い信徒達!
彼らはいつまでもKの側に居てくれる。てらてらと膿み爛れた姿でふいに視界の隅に現れ、いつまでも同じ問答を繰り返す。
Kだけを頼ってくれる、崇め奉ってくれる、Kだけの可愛い信徒。
――かくも当職は愛されているのだ。この痺れる背筋に走っているのは、たぶん多幸感なんだろう。胃の腑を締めつけているのは、充足感に違いない。違いない。違いない。

気が遠くなるほどの幸福。我慢できず目をそらすと、部屋に痩身の男が入ってくるのが見えた。
「からさん、今日は随分とご機嫌ですね。朝食の時間ですよ」

彼が去り、重い施錠音が響くと、Kはまた独りきりになる。
――あぁ、我が祝福の難行苦行が終わることはない。
その目は、ただ血膿色の空のみを映していた。

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