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恒心文庫:大きな流れの中では

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

場所は晴海埠頭に立ち並ぶ倉庫の一つ、時間はもう日付をまたいでいた。
倉庫の扉は黒服の男数人によって固められ、戸外にもあたりをジロジロと睨みつけ
誰かが来ないかと見張っている様子の男が数人いる。
倉庫の中に目を転じると、その中央に二人の男が座っている。
否、そのうちの一人は座っているのではない、座らされているのだ。
足は粗末なパイプ椅子に括りつけられ、手は後ろ手に縛られている。
口にはさるぐつわがかまされ、目は腫れ上がり開くことすらままならぬ様子だ。
両耳は引きちぎられ、薄皮一枚でかろうじてその顔につながり、ぶらぶらと垂れ下がっている。
縛られているその手もよくみると、左手の爪はすべて剥がされ、
右手は爪は残っているもののその爪と指の肉との間に釘が挿し込まれていた。
この男の両隣にもやはり、黒服の男が立っている。
その正面、外から持ち込んだのであろうか、殺風景な倉庫には似つかわしくないほど豪華なソファー、そこに深々ともう一人の男が座っていた。
「で、認めてくれますよね?」
男は笑顔でもう一人の男に話しかける。その笑顔は狂気と悪意に満ちており、場の気温を一気に低下させる。
「あんな銀行潰してしまったほうがみんなのためになるとは思いませんか?
ん?いや、ねえ、私は君の能力を買っているんだよ、有能な君だったら私の言っていることがわかるだろう?」
笑顔の仮面をぴたりと貼り付けたまま、男は語る。
「私だってこんなことはしたくないんですよもちろん、ええ、もちろん。
でもねえ、君、君が悪いんですよ。
世界には流れってのがあるんですよ。君ほどの会計士だったらその流れを感じているでしょう?
この流れってのはねえ、用水路の流れみたいなつまらないもんじゃないんですよ。
莫大な利益を生むし、膨大な死人も生むんです。
君だって、その死人のお仲間にはなりたくないでしょう」
顔を突き出し眼をひんむき、それでも悪魔じみた笑顔を変えることなく話しかける。
さるぐつわの男は首を振る。笑顔の男を睨みつけるようにして、精一杯の抵抗をする。
笑顔の男は参った参ったというジェスチャーをすると、そばにいた黒服の男になにやら指示を出す。
黒服の男が何かを手渡す。それは銀色のスプーンであった。
「あのねえ岩村くん、私は君の上司なんだよ、私は代表社員なんだ。
ゆくゆくは会長になるつもりだ。
君が今頷きさえすれば、後々は重用してあげることだってできる。
私たちは会計士だ、損得勘定は得意だろう?」
しかし、岩村と呼ばれた男はまたしても首を横に振る。その目は相手を睨みつけたままだ。
「たはー、嫌な目ですねえ。少なくとも、うん、少なくとも目上の人に向かってする目つきではありませんね。
さて、これ、分かりますか?」
笑顔の男は手に持ったスプーンを見せて尋ねる。
「まあスプーンなんですけどね、ほら普通のスプーンじゃなくてフルーツを食べるとき用の
先っぽがギザギザしなスプーンなんですね。何かをえぐり出すには最適なんだなこれは。
おや?おやおやおや?えぐり出すのにちょうどいいのがあるじゃないですか」
変わらぬ笑顔のまま身を乗り出し手を突き出し、そのスプーンを岩村の目に突き刺す。
さるぐつわの下から絶叫がほとばしる。身をよじってスプーンから逃れようとするがそれはかなわない。
両隣の黒服が岩村の体と顔とをがっしりと掴むのだ。
ぐりぐりと手首を何回転もさせ引き抜く。スプーンの先には岩村の目玉が、突き刺さっていた。
笑顔の男は表情を変えた。なんとも言えぬ恍惚の表情でその目玉を見つめる。
「これじゃ帳簿見るのが難しくなってしまいましたねえ」
そういいながら、もう片方の手をさるぐつわに伸ばし、外す。そして、岩村の口の中にスプーンを、目玉を突っ込む。
「食べてください。しっかり噛んで、味わってください」
先ほどまでの作り笑いとはちがう、心の底からの笑顔でもって岩村に命令をする。
黒服の男たちですら、その笑顔には心底恐怖した。こんな悪魔が、こんな残酷そのものが世界にはいるのである。
倉庫には悪魔の笑い声がけたたましく響いた。

翌日、岩村は死体となって発見された。
あのあとなにがあったのだろう。
両眼と耳たぶは欠損、鼓膜も破れ舌もシュレッダーにかけられたかのように引き裂かれていた。
手首から先は押しつぶされた様子で原型をとどめておらず、足も両足それぞれ6箇所ずつ折れていた。
性器も潰され切られ割かれ、ただ凝固した血によってどす黒くなっていた。
大きな流れの中では当然のことだが、彼は自殺として処理され、その遺体は遺族が見る機会もなくすぐさま火葬された。

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