恒心文庫:事故にあわないように
本文
なぜこんな子どもを産んでしまったのか。二人は頭を抱えていた。
不細工でいつもオドオドしており、その上卑怯。
結婚を周囲から祝福され羨望された二人が授かった子どもはあまりにも彼らの結婚生活には不似合いであった。
しかし不幸中の幸いか、弟は兄とは異なり可愛げがあり頭もよく人に優しい。
弟だけ授かればよかったのにという二人の思いはついに実行にうつされた。
すなわち、兄の方を殺すことにしたのである。
ただ、普通に殺してしまっては家庭生活が崩れてしまう。事故を装って殺さなければならない。
兄が小学校へと登校するために家を出たのを確認すると、母親は父親に連絡をする。
そして、ひとけのない路地で息子を轢き殺すのである。
アリバイは二人で結託して作り出す。完璧な作戦であった。
だが、なんどやってもうまく行かない。
頭が悪いこの息子は、通学路が覚えられず迷ってしまい毎朝毎朝違う道を通って学校へ言ってしまうのである。
ひとけのない路地でなければ、轢き殺しても誰がやったかバレてしまう。
やむなくこの作戦は中止にした。
朝学校へ向かい玄関を出る息子を見送りながら皮肉たっぷりに苦々しく言葉をかける。
「事故にあわないように行きなさいよ」
馬鹿な息子はこの言葉を額面通りに受け取ると嬉しそうに家を出る。
次に二人が思いついた作戦は、子ども特有の奇行を利用して息子を殺す作戦である。
息子をおさえつけ、口に大量の蟻を投入し窒息死させる。警察は馬鹿な子どもが蟻を食べて死んだと思ってくれるはずだ。
だがこれもうまく行かなかった。
息子を呼び出しおさえつけると口に蟻を突っ込む。すると息子は実に嬉しそうな顔をして蟻を噛みしめ飲み込むではないか。
息子は蟻を食べるのが好きだったらしい。両親から蟻を口に入れられた行為もご褒美のたぐいだと思ったようでニコニコしている。
これ以来、二人は息子を殺すのを諦めた。
この息子のせいで将来大変な目に遭いそうな予感はするが仕方がない。
今日もこの息子は道に迷いながら登校しては学校で蟻を食べている。
(終了)
リンク
- 初出 - デリュケー 事故にあわないように(魚拓)
- アリ#恒心との関わり