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恒心文庫:清濁

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

僕の家の隣には古い用水路があり、よく兄と一緒にザリガニやサワガニを釣っては殺したりしたものです
それがいけなかったのでしょうか、ある日いつもみたいに日曜日の昼間、暇を持て余した僕と兄は
その用水路の側で捕まえたカエルのアナルに爆竹を刺しては破裂させて遊んでいました

「やめるんじゃ」

突然どこからか声がしました
なんだか聞いた事がある声だな、と思った刹那、僕と兄の背後の草むらから大きなフクロウが飛び出してきました
口には嘴を付け身体はモフモフの羽毛で覆われたそのフクロウは僕達の前に仁王立ちになると両手を広げ翼をバサバサしました
びっくりした兄は失禁し気絶してしまったみたいです

「生きる者を惨たらしくいじめてはならん、命は尊いものなんじゃ」

そう言うとフクロウはお尻からプリプリと卵を産みました
そしてしばらく温めたかと思うと卵が割れ中からピヨピヨと可愛いダチョウが生まれました
僕は感動しました、これぞ生命の神秘 魂の輝きではありませんか

「良いか、厚史、貴洋、ワシはお前たちに清く正しい人間になって欲しいのじゃ」

そう呟くとフクロウは子ダチョウを抱えると草むらに戻り消えて行きました

それから僕は今後の人生に不殺を誓いました
兄が起きたら説こう、臆病な兄さんはさっきので怖くなってもう残酷な遊びは辞めるだろうけど
と、僕は気絶した兄を引きずりながら帰宅しました

それにしてもあの大フクロウはなんで僕たちの名前を知っていたんだろう?

────────

その後の夕方、目を覚ました兄に昼間の事を聞くと、兄も思う所が有り、二度と生き物をいじめて殺さないと宣言してくれました


夜中、暑さの為か僕は喉が渇いたので台所に飲み物を求めて足を運びました

すると何やら客間の方で声がするではありませんか

「どうじゃ、キミちゃん。ワシ特性のフライドチキンは」
「最高だよヒロくん、すごいおいしいよ」
「そうじゃろう、そうじゃろう、精が付くぞ」
「ははは、食べ終わったらもう一回ベッドに行こうか」

・・・

父の傍にはフクロウの着ぐるみと付け嘴が置いてありました
僕は気づいてしまいました
昼間のフクロウの正体に
そして、あのフライドチキンの正体に
父にとっての道徳教育とは非常に都合の良いもので
子供の人格矯正を行う為ならば隠れた所で悪魔の所業を行おうと無問題な精神なのでしょう
確かに僕たちの遊びは残虐な者でしたし、それを止めるのは親としては当然だとは思います
突然フクロウのお化けに注意されたなら大抵の人は怖くてその指導に従うでしょう、あの方法も悪くはないと思えます
ただ、影で当たり前の様にいけない美食を堪能しているこの狂った実態─────

教育の為に命の尊さを唱えておきながら父の本心では副産物の子ダチョウなど何でもない"モノ"だったのです

人はそれを清濁と呼び、今の世を生きる為ならばむしろ褒められる考えなのかも知れませんが
僕は偶然にも不幸にも最悪な形で父の濁った部分を知ってしまいました
血を分けた兄弟鳥達がフライドチキンに成り、挙句母である父に食べられている現実は、
僕の心が壊れるのには十分な一撃でした

────────────

朝起きてこない厚史の様子を見に行ったら部屋で首を吊ってたナリ
その顔は悲しみに包まれていて、涙の跡が消えずに残っていたナリ
当職は、私は何が何だか分からずにただただゆらゆら揺れる厚史を眺める事しかできなかったナリ
昨日共に不殺を誓ったばかりなのに、自分自身を殺すだなんて

弟は、一体何を見たのでしょう

親にも言えず、何を思い、どんな気持ちで、自らの命を絶ってしまったのでしょう

今となっては知る術もありません

当職はこの時、初めて「悪の存在」を認識しました。
世の中には人を傷つけても平気な悪魔がいるんだと深く心に刻まれました

そのあまりにも抽象的な"悪魔"とは一体どんな姿形をしているのでしょうか

それは、神のみぞ知るのでしょう

弟を失いいつか自分の力で弟のような犠牲者を出さない人が人に優しい社会をつくりたいと思うようになりました

あの日当職が弟と見た空は一体何色だったのでしょうか

人は人を愛さなければならない

私の中には…いつも弟がいます

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