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恒心文庫:地下鉄

提供:唐澤貴洋Wiki
2020年12月20日 (日) 19:17時点における>チー二ョによる版
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本文

「ナイフで滅多刺しにして殺す?また脅迫状が来てるナリ!」
息子がソファーにふんぞり返りながら叫んでいる。
この一ヵ月で次々と退職者が出たため、広めに借りたオフィスはがらんとしていた。
「たかひろ、今日は病院の日だからお父さんは早引けするからね」
息子に声をかけてオフィスを出た。返事はなかった。

ふう、とため息をつき地下鉄の駅へ向かう。
肥満体型とここ数年の過大なストレスで心臓はボロボロだった。
主治医からは
「冠動脈がかなり狭くなっていますね、心臓に負荷をかけると命取りになりますよ」
と脅されていた。おかげで朝昼晩と降圧剤が手放せない。
病院へは地下鉄で行く。
会計士の中では重鎮のはずのワシだが、息子の道楽で財産を食い潰されたため、タクシーなんて勿体なくて乗れない。
体重を支える両膝がきしむ。帰ったら湿布を貼ろう。

駅に着くと、日比谷線へ続く長い長いエスカレーターは点検中で止まっていた。
改札階に行けるエレベーターはこれまた遠い場所にある。
しんどいがたまには歩くか、そう決意し、ワシは下り階段をふうふう言いながら降り始めた。
階段の終点近く、改札口を表示する標識が見えてきた頃じゃった。
ドキン、、、と胸の中で鋭い痛みが走った。
周囲の視界が歪む。
前のめりに倒れそうになった時、目の前が暗転し、すぐ元の景色に戻った。
心臓発作じゃろうか…でも一瞬で収まったようだし病院へ急ごう。
ICカードを改札口にかざしてホームへ行くと、なにか違和感があった。
この六本木駅は都内有数の歓楽街に近い。
だから駅の中は外国人や若者が大勢行き交うのだった。
しかし今日は違った。
ホームの乗車口で列車を待っているのは、ほとんど老人のようだった。
皆、生気のない土気色の顔で、口を半分開けて案山子のように立っているのだった。

うすら寒い感じがしてブルリと身を震わせた。なにかおかしい。
すると横に立った枯れ木のような老人がワシに突拍子もないことを言ったんじゃ。
「あんた、元気そうだが死因はなんだい」
何を言っているのですかと言い返そうとした時、線路に列車が入ってきた。
でもそれはいつも乗っている東京メトロの銀色の電車ではなかった。
ワシが小学生の頃、両親に連れられて乗った、国電の茶色い、古めかしい電車だったのじゃ。
ゴーと重々しいドアが開き、ホームに立っていた老人たちが次々と国電に乗っていく。
枯れ木の老人がワシを手招きした。
「さあ、一緒に乗りましょう。あの世で一杯やりましょうや」
ああ。
ワシは悟った。
ワシは死んだんじゃ。

そう、六本木駅の長い階段を下りるうちにワシの血圧は上がっていたのだ。
過剰な高血圧でワシの左主冠動脈にへばりついたコレステロールのプラークがはじけ、血栓が次々と形成され、ワシの心筋は梗塞を起こしたのだ。
ほぼ即死と言ってもよかった。
駅員がAEDを持って走ってきたときには完全に心停止していたのである。
ワシは死んだんじゃ。
そして、これからこの電車であの世へ行くんじゃ…。

医者にさんざん警告されていたから覚悟はしていたつもりじゃった。
じゃが、知能障害があるあの息子が独り残されてしまうのは不憫な気持ちがした。
あの世行き電車のシートに腰を下ろし、ふう、とため息をつく。
発車のベルがプルルルルと鳴り始めた、その時であった。
「洋ー!当職も乗るナリよーー!!」
なんと改札口から駆けてきたのはオフィスにいるはずのバカ息子であった。
「ど、どうしたんじゃ、ここはお前が来るところではない」
「でも皆がこの電車に乗るといいナリって教えてくれたナリよ!」
息子の腹には狩猟用のものと思われる大型のナイフが三本突き刺さっていた。
息子はまだ自分が死んだことに気付いていないようだった。
まあいいか、どうせこのバカ息子にゃ子孫は残せまい。
これからの長い旅、独りより二人の方がなにかといいだろう。
ふう、とため息をつくと、電車はごとりと動き出し、闇へ消えていった。

参考

日比谷線六本木駅構内のエスカレーターにて撮影された動画[1]

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