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恒心文庫:問題裁判

提供:唐澤貴洋Wiki
2021年1月6日 (水) 00:28時点における>チー二ョによる版 (→‎本文)
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本文

 無能ボイスが、オランダヒルズ七階法律事務所クロスの室内に何度も響き渡った。
「お腹痛いから裁判いかないなりぃ!!!!」
 それが大声を出している奴の主張だった。37歳の男性にしてはあまりに幼稚すぎる主張。
「いかないなりぃ!いかないなりぃ!いかないなりぃ!」
 唐澤は事務所の床にごろりと寝そべり、手足を無軌道に振り回していた。彼のそばに立っている、スーツ姿の長身の男はちいさくため息をつく。からさんの腹痛を治すにはどうすればいいのだ。
 仕事の肩代わりはいわずもがな、アイスが食べたい。脱糞したい。幼女が欲しい。山岡は唐澤のそのような生理的欲求に可能な限り対応してきた。しかし、腹痛は個人では解決できない問題だ。先刻、山岡はかかりつけの医者を呼び、唐澤の腹具合を診断させた。特に何も異常はないと医者は言った。おそらく神経性のものでしょう。いい加減な診断を下した藪医者に対し山岡は殴りかかってしまいたい衝動にさいなまれた。彼は唐澤に気休め程度に処方された抗生物質をオブラードに包み、子供用シロップで飲ませた。
 今日の裁判は、絶対に出廷してもらう。
過去何度も欠席し教徒と呼ばれるネット民に馬鹿にされた去年の裁判。前回と前々回、からさんをなだめすかしアイスを与え己のケツも貸しようやく出廷してくれた裁判。今回も必ず出てもらわなければ。
 からさんはネットの悪意に対し姿を隠し怯える人間であってはならない。実際にそうなのだ。からさんは弁護士として裁判所に赴くことにためらいを覚える必要などなにもない。弁護士が行う、ごく当たり前の責務として裁判所で堂々としていればいい話。出廷拒否などいわずもがな。山岡が深く畏敬する唐澤弁護士の威厳を教徒と言われる奴らに示さなければならない。

事務所にて、やせ型の眼鏡をかけた青年が来客用のソファに座っている。彼は床に寝転がった唐澤を眺めながら、山岡に話しかけた。
「唐澤さんの言動はまるきり子供の駄々だ。 もうこうなったら同じ原告代理人である山岡さんが出るしかないですよ。」
「それじゃ、全く意味がないんだ。」
山岡は苦虫をつぶしたような顔でそう答える。
「お腹痛いなり、お腹痛いなり、お腹痛いなり。」
唐澤の目から大粒の涙がこぼれていた。苦痛に喘ぎながらも巨躯を転がし地団太をふんでいる。
「本当は裁判いきたくないんでしょ。いい加減にしてくださいよ唐澤さん。」
唐澤に叱咤を飛ばした新入りを山岡は無言で睨む。
「違うナリ。ほんとにお腹が痛いなり。お腹が痛くて死んじゃうナリ。助けて山岡ぁ!」
 差し迫った事態に山岡はため息をついた。徐々に大きくなる唐澤の泣き声、迫りくる開廷時間。
 このままからさんが腹部の痛みを訴え続けたら、オランダヒルズはおろかこの事務所から出ることすらもできない。鎮痛剤は一瓶飲ませたが、まだお腹が痛いナリとからさんは泣く。このままいけばどうなるか。「尊師wまた逃亡w」「無能弁護士、顔開示恐れ出廷拒否」「速報 唐澤貴洋さん裁判バックれ 」ますますヒートアップするからさんへの誹謗中傷。そのような光景を簡単にイメージできる。阻止するには、どうすればいい。
彼はふとアイディアを思いついた。
「そんなにお腹の痛みが続くなら、お腹をとればいいんだ。」
お腹、すなわち腹部の部分。胃、小腸、大腸。
「からさんが、おなかが痛いと言うならば痛みの原因である胃腸を切り取ってしまえば、からさんは痛みを感じることはなくなるだろう。お腹が痛くなければ裁判にも行ける。」
唐澤の魔眼に犯された弁護士がこねた理屈はいささか奇妙なものだった。

「裕明、なんだか頭がボオっとするナリよ。」
「からさん、すぐおわりますからね。スマートフォンを枕のそばに立てかけておきます。からさんの好きな映画を流しておきますよ。」
 事務所に寝室が併設してあって本当によかったと山岡は思う。即席でこしらえた手術室は、素人の出来にしてはなかなかのものだった。唐澤との夜のプレイ用に用意していたメスやクーパー、カテーテル、その他諸々がこんな時に役に立つとは思いもよらなかった。

「胃は簡単に取れたけれど、大腸小腸はまるで加工前のソーセージだったな。いやまいったよ。盲腸も切り取ったほうがいいかな。山本くん、からさんが心拍数が下がってる。血液が足りない。山本君、洋さんの採血量を増やしてくれ。」
「山岡さん。」
「お、肝臓はやはり腫れているな、色も悪い。切り取ったほうがいいだろう。山本くん、この血管の端を持って。」
「山岡さん、こんなことして、大丈夫なんですか」
「なに、からさんのことだ。内臓の一つ二つとったところで何ともないよ。ちゃんと代わりに詰めるものは考えてあるさ。」
「血がでりゅ!でりゅよ!。」
 麻酔のかかった唐澤の口からは、「ゴボウゴボウ」としゃっくりとも呻きとも聞こえる音が流れている。ベッドの上で裸どころか内臓を露出し、それらを摘出されている唐澤は、目の前のスマートフォンを凝視していた。彼の眼には彼が学生時代に何度もみた映画のラストシーンが写しだされていた。

山岡は唐澤のなくなった内臓の代わりに、事務所の金庫の奥にしまっていた超小型の核融合炉を詰め込んだ。幸い施術は上手くいったようで、麻酔が切れて目覚めた唐澤は、開口一番
「アイスが食べたナリ!」と言った。
「からさんよかった。ほら、アイスです。これを食べたら裁判に行きましょう!」
「はいナリ」
機嫌の良い唐澤の返事に、悲願がかなった山岡は涙した。やっと行けるのだ。裁判所へ。
しかし山岡が渡したアイスが刺激となり唐澤の体内の炉が核分裂を起こした。臨界を迎えた彼の体は閃光に包まれた。地球は瞬く間に核の炎に包まれ、世界の終わりが訪れた。

(裁判に行きたくないからお腹が痛いと言い訳して欠席しよう。)
 唐澤が企んだ最初の試みは成功した。仮病を使ってでも行きたくなかった本日の裁判は、もう二度と行われることはなくなったのだから。

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