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>恒心史談会 編集の要約なし |
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<strong>河野 光次</strong>(こうの みつじ、Kono Mitsuji、1882年- | <strong>河野 光次</strong>(こうの みつじ、Kono Mitsuji、1882年-1973年頃)とは、[[唐澤貴洋]]の曽祖伯父で[[河野一英]]の伯父である。「憲政の神様」、東京市長として知られる尾崎行雄の秘書であり、義理の娘婿である。 | ||
== 経歴 == | == 経歴 == | ||
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* 1919年9月 - アメリカへ渡航。ニューヨーク、ワシントンなどを視察する。 | * 1919年9月 - アメリカへ渡航。ニューヨーク、ワシントンなどを視察する。 | ||
* 1926年3月 - 友人{{wpl|葛原猪平}}の{{wpl|葛原冷蔵}}が倒産し、東洋冷蔵と改称した際に臨時株主総会の詮衡委員として名前を連ねる<ref>[http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10031772&TYPE=HTML_FILE&POS=1 『葛原冷蔵の負債整理促進 東洋冷蔵と改称』中外商業新報 1926.3.29 (大正15)]</ref>。 | * 1926年3月 - 友人{{wpl|葛原猪平}}の{{wpl|葛原冷蔵}}が倒産し、東洋冷蔵と改称した際に臨時株主総会の詮衡委員として名前を連ねる<ref>[http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10031772&TYPE=HTML_FILE&POS=1 『葛原冷蔵の負債整理促進 東洋冷蔵と改称』中外商業新報 1926.3.29 (大正15)]</ref>。 | ||
==考察、唐澤貴洋への影響== | |||
広島県緑井村の河野家三兄弟、唯一、光次、一三(尊師の曾祖父)のうちの次男で最初に上京した人物と思われる。 | |||
後に朝鮮で事業をしつつ東急田園都市線沿線において郊外住宅地の分譲開発事業を行っていた田園都市株式会社(東急不動産の前身)起業のきっかけを作った畑弥右衛門もまた光次の同僚にあたる尾崎行雄(当時の東京市長)の秘書で光次と繋がりが深かった模様であり、一三はこの兄・光次の支援で朝鮮に渡りまた後に東急に関わったのではないかと思われる。 | |||
また、[[血となり肉となっている。|唐澤貴洋がの好きな作家の一人として挙げている]]ノンフィクション作家、猪瀬直樹はこの経緯を『土地の神話』という本の題材としており、自身の一族の事を書いているからということで読んだのではないかとする考察がなされている<ref>[http://karasawalit.tumblr.com/post/54348047261 なぜ猪瀬直樹なのか?] - 唐澤貴洋文学館</ref>。 | |||
== 著書 == | == 著書 == | ||
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*[[河野一三]] | *[[河野一三]] | ||
*[[河野一英]] | *[[河野一英]] | ||
== 外部リンク == | == 外部リンク == | ||
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*[https://www.shogakukan.co.jp/books/09408800 『土地の神話』] - 猪瀬直樹著。光次について記載あり。 | *[https://www.shogakukan.co.jp/books/09408800 『土地の神話』] - 猪瀬直樹著。光次について記載あり。 | ||
=== 註釈 === | |||
<references /> | |||
{{唐澤貴洋}} | {{唐澤貴洋}} | ||