「恒心文庫:酷評作品/家鳴り」の版間の差分
>ジ・M (ページの作成:「__NOTOC__ == 本文 == <poem> 「ナリッ ナリッ」 畳に寝転がってテレビを眺めていると、そんな鳴き声が聞こえてきた。ふと見た庭先…」) |
>Ostrich (正規表現を使用した大量編集 恒心文庫のリンク切れ修正) |
||
32行目: | 32行目: | ||
== リンク == | == リンク == | ||
* 初出 - {{archive|https:// | * 初出 - {{archive|https://ensaimada.xyz/test/read.cgi/rid/1405512959/|https://archive.vn/Fkvww|デリュケー 家鳴り}} | ||
{{テンプレート:恒心文庫}} | {{テンプレート:恒心文庫}} | ||
[[カテゴリ:隔離]] | [[カテゴリ:隔離]] | ||
{{広告}} | {{広告}} |
2021年5月10日 (月) 12:33時点における最新版
本文
「ナリッ ナリッ」
畳に寝転がってテレビを眺めていると、そんな鳴き声が聞こえてきた。ふと見た庭先に続く障子戸の向こう、外はすっかり日も沈んでいる。家の明かりに照らされた薄暗闇からは虫の音が響き、庭先の木々は、緩やかな風に身を震わせている。
誰も居ない家の中、厚史は外に向けていた目線を部屋の中に戻した。
畳が敷かれた部屋。その中心に据えられた小さなちゃぶ台。そのそばに身を横たえた厚史は、沈黙の中で手を伸ばす。
軽い音を立てて厚史の手に収まる袋。端を切られた袋の中にいる煎餅が厚史の口の中にいる。ちゃぶ台の側にいる厚史が食っちゃ寝を繰り返している。
そのちゃぶ台の上、煎餅が盛られている器の影。
そこから何かが顔を出しているのに、厚史はふと気がついた。丸く低い鼻。薄く弧を描く口元。短く立てられた髪。そして、つぶらな瞳。
人間の様な形をした何かが、器の影から顔を横向きに突き出しているのだ。厚史は、その人型の黒々とした目の表面に、点滅する部屋の豆電球を見ている。
テレビの音が耳につく沈黙。しばらくして厚史は、恐る恐るその人型に向かって手を伸ばした。
人型は動かない。ただそのつぶらな瞳に、厚史を、厚史の手を映している。
指先が触れる。意外と柔らかい。人型は気持ち良さげに目を細める。厚史はその柔らかさを確かめるように人型の顔を挟み込むと、そのまま手前に引いた。
人型は何も身につけていなかった。顔と同程度の大きさの身体が、手足をワタワタと振っている。しばらくして厚史はそっと離した。人型は変わらず手足を振り回してワタワタとしている。厚史は指の先に、赤いものが付着しているのに気がついた。どうやら、少し力を込め過ぎたらしい。ちゃぶ台の上で四肢を振り回す人型の首から、赤い液体が広がっていく。
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!
唐突な叫び。途端手足の動きが痙攣に変わり、その尻の穴から真っ黒の液体が断続的に吹き出す。
プリプリプリプリュリュリュリュリュリュ!!!!!!プツチチプププチチチチプリリイリププププゥゥゥゥッッッ!!!!!!!
赤い水たまりに、黒い円が広がっていく。自らが引き起こした凄惨な光景に固まる厚史の身が固まる。動けない厚史。やがてその視界の端で、何かが蠢き始める。
それは顔だった。障子の影から。テレビ上から。ちゃぶ台の下から。天井から。部屋のありとあらゆる角度から無数の人型が顔を突き出している。
ナリッ ナリッ ナリッ。独特な鳴き声が、部屋を覆って行く。そして天井からぶら下がった電球、それにぶら下がった個体が、痙攣する個体に向かって飛びかかる。それを皮切りに、部屋の輪郭がざわめいた。
どうやら、この人型はちゃぶ台に広がった液体が目的のようだ。厚史は目の前で渦巻く群れから目を離せなかった。ちゃぶ台の上広がった液体を、人型はその小さな手の先ですくい取ると自身になすりつけていく。見ると、個体によって違いがあるようだ。あるものは体幹が黒く塗られ、あるものは首元を赤く染めている。しかしどれも肌色の部分を多く残し、そしてその部分を覆い隠すように色を塗りつけていく。
いつの間にか群れは引いていた。取り残されたちゃぶ台の上には薄い笑みを浮かべた生皮と、それを眺める個体だけが残っている。厚史は目を見開いた。
その個体は、全身を色で包んでいた。体表の大部分は黒くそめられ、首元からは胸元は赤く塗られている。そしてその赤を縁取るように、個体の股間から吹き出した白い液体が個体自身を染めて行く。
青臭い匂いが鼻を突く。思わず顔をしかめた厚史の目の前で、その個体は完成した。
それは唐澤貴洋だった。スーツに身を包み微笑を浮かべるその姿はまさしく彼の兄そのものだった。
動けない厚史に唐澤貴洋は会釈をすると、開け放たれた障子から庭先へと出た。その際、まだ肌色の部分を多く残した個体が後を追おうとするが、何か見えないものに遮られたように手足を空中でかいている。まるで家に囚われているように、その手を外へと伸ばしている。それに目もくれず、唐澤貴洋は夜の闇に溶け、やがて消えた。
静まり返った部屋の中で厚史は、悲しげに目を伏せた。机の上に残った生皮。その原因は、厚史にあるのだ。何かを得るためには、何かを投げ出さなければならない。厚史は頭をちゃぶ台に打ち付ける。額から顔を血がとめどなく伝っていくが、かまわず厚史は額をちゃぶ台に打ち付け続ける。厚史は頭の中で反芻していた。机の上でもがいていた個体。その個体が、ィヤナリ! ヤナリ!と叫んでいたことを。
気づくと厚史は部屋の真ん中でちゃぶ台を蹴り倒していた。厚史の身体が一瞬宙に浮かび、そして硬直する。
そこには大量の赤と、山盛りの黒が残されていた。