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「恒心文庫:乳幻児」の版間の差分

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*[[唐澤洋#左足壊死ニキ]]]
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2021年6月20日 (日) 10:22時点における版

本文

『次はー新橋ー新橋ー』
アナウンスをどこか遠くに聴きながら、男はふと目をあけた。
広告が、自販機が、ホームに並ぶ人々が男の視界を緩やかに流れていく。
ぼんやりとした意識、その表面をかすめる様に窓の外が端から端へと滑っていく。
男はしばらくそれを見るともなしに眺め、またしばらくして深く息を吸った。
椅子に腰掛けて縮こまっていた節々を伸ばす様に体をゆっくりゆっくりとよじり、また逆へとゆっくりゆっくりとよじり、やがて深く息を吐いた。
深い沈黙。一定の間隔で揺れる電車のリズムが、男の体を静かに打っている。
男の周りには誰もいなかった。まるで男のまわりに厚いかべがあるように、その向こうから子供が、老人が、サラリーマンが男を遠巻きに伺っているのだ。
男はチラと目を横に向ける。一定のリズムで揺れ動く隣の車両、それに乗り込んだ無数の人々がつり革に振り回されている。
男は静かにうつむく。逆の車両には目を向けない。分かっているのだ。男はうつむいた視界、その下方、伊勢丹の紙袋に包まれたそれを見た。
それは一見、足のようだった。ただ、通常のものより、過去の男のものより遥か肥大化したそれは、男が力を入れると鈍い水音を立ててわずかに持ち上がる。合わせて、水を含んで黒くふやけた紙袋、その端がやぶれた。
途端に、周囲をえもいわれぬ臭気が包み込んでいく。男はうつむき、じっと動かない。分かっているのだ。顔をあげれば、そこには。
『次はー虎ノ門ー虎ノ門ー』
すぐに男は椅子の端にすがりつく様に立ち上がった。その鬼気迫る勢いにたじろいだのか、どこかから悲鳴が短く響く。男は比較的肥大化していない足で、重い体を引きずる様にしてホームへと開かれたドアへと向かっていく。
視界の端に、同じ車両に乗っていた女子高生のしかめ面が写り込むが、男はつとめて懸命に外へと向かっていく。

そして落ちた。電車とホームの狭間、その隙間に片足を取られたのだ。引き上げようにも、淵に引っ掛けられた肥大化したそれは満足に動きはしない。あまりの唐突さにうろたえ、身をよじる男はしかし自身の重みで深くはまり込んでいく。
その様子を、ホームで列をつくって待っていた乗客達は乗り込もうともせず、ただ眺め、そして息を呑んだ。
男の目は血走り、大きく見開かれていた。その口元は、かつて愛らしかったのだろう、アヒルの様に歪められた端から唾液を泡となって散らしている。そうした凶相に豊かに蓄えられた真っ白なもみあげを鬼のように振り乱し、男は芋虫のように身をよじっていた。
その動きに合わせて、伊勢丹の紙袋がやぶれる。気づいていないのか、男の視界の外で、伊勢丹の紙袋は更に破けて行く。
そして、それはあらわになった。まるで死んだように静かになった周囲に、男は恐る恐る自分のそれに目を向ける。
それはチンポだった。
局部から生えたチンポらしき肉塊が、呑み込まれた片足の位置でヒクついているのだ。ふと、真っ赤な膨らみが大きく跳ね上がり、先から透明なカウパーが噴き出す。
途端、悲鳴があがる。男も女も、老人も叫び声をあげる。我先にと逃げ出す大人たちの足に、わけも分からず泣き喚く子供が呑み込まれて消えていく。

その恐慌を見ながら、かえって男は落ち着いていた。彼らは何も知らないのだ。男は自分の肥大化した片足、実際はチンポであるペニスを真っ直ぐに見つめた。
男は悩み続けていた。実の息子たる臥薪嘗胆マンのために頭を下げてまわる毎日。そしてその行為が実を結び、やっと決まった就職先。
男は喜んだ。しかし知らなかった。男は喜ぶだけで、臥薪嘗胆マンがどんな境遇に置かれているかを知らなかったのだ。
ある日の夕方、男は台所に立っていた。今日は息子の好きなハンバーグにしよう、そう思ってひき肉をこねる男。ふと、物音がする。きっと、息子が帰ってきたのだ。
『おかえり!今日は、お前の好きなハンバー』
息子の喜びにほころぶ顔を思い浮かべて振り返った男の顔、その中心に唐突にバットがぶちこまれる。
『ほげええええええええええええ』
男は台所の床、かたいフローリングの床を猛烈に転がる。あまりの衝撃に倒れ伏す男、その痙攣する体を見下ろしながら、息子は静かに口にする。
『当職は無能じゃないなり!』
そうしてせきをきった様に溢れ出した息子の独白を、男のぼんやりとした意識で聞いていた。コピーも取れないのか、せっかく誘ってやったのにニヤニヤ気持ち悪い笑みをうかべているだけ、父親はすごいのにお前は。
段々と涙まじりになりながら、息子はひき肉の入ったボールをひっくり返しながら、隣に置いてあった包丁に手をかける。
そして嗚咽しながら叫んだ。
お前のせいナリ!!!
鈍い銀色が、倒れ伏した男の足、毛がうっすらと生えたふくらはぎに突き立つ。染み出した血が一瞬で脈打ちながら決壊する。ぐりぐりとひねられる刃先に合わせて、開かれた口からぱくぱくと真っ赤な断面が見え隠れする。
どうせ、何もできない。無能。何もできない、無能。すねかじり虫が。
息子は耐え切れなかったのだ。バカにされる自分に。守ってもらってきた自分に。大きくなれない自分に。そして、自分の成長を邪魔する父親に。
バカにしてきた奴らを。どうせ何もできないとバカにしてきた奴らを。すねかじりと、当職を見くびってきた奴らを見返してやる。
そうしてあてつけの様に、彼はつぶやいた。
『ガチで「すね」かじってやるナリよ』
我慢して我慢して、耐えかねた息子はついに、壊れた。
足の中を滑っていく刃先をどこか遠くに感じていた男がふと気付いた時、男の片方の足は根元からすでに無くなっていた。
調理した覚えがないのに、焦げの残ったフライパン、鍋、フライ返し。息子は、その年になって始めて調理をしたのだ。その日から、息子の顔を見ていない。それから運ばれた病院の白いベッドの上で、男は同じ間隔で落ちていく点滴のバッグを眺めながら、魂が抜けた様にぼんやりとしていた。何もせず、ただ無為に過ぎる日々。時折、息子の生活に手を出しすぎてしまったことへの後悔が頭をよぎるが、つとめて考えない様にする。

そんな時だ。あの悪魔がやってきたのは。
見舞いと称してやってきた悪魔は、切れ長の目の縁を期待に歪め、耳元で囁いた。
『やり直すチャンスをやるモリよ』
そう言って奴は垂れ下がった点滴バッグを後ろ手に隠していた別の点滴バッグに取り替えた。
そうして、世間話も程々に、奴はいなくなった。薄ら笑いを浮かべながら。
その日から、男の体は変わっていった。悪魔に投与された薬物に、作り変えられているのだ。男は、かつて自分の足が存在していた位置を埋めるように、肥大化していく局部が日に日に伸びていく様から目を背ける。
それは、還暦を超えて失いつつあった機能を取り戻しているかの様に脈打ち硬く勃起し、時折そのヒクつく鈴口から粘質な液体を噴き出す。
つまり、悪魔はこう言っていたのだ。
『アレなんか忘れて、まともな子どもを作りなおせばいいモリ』
男は顔を背け続ける。悪魔への嫌悪感のためではない。次男を失い、残った長男を見た時から抱き続けていた本心を、決めつけられているようで。
お前は、体裁ばかり気にして、息子をないがしろにしていたと非難されているようで。
夜の病院から逃げ出した男は己の醜さに蓋をする様に目を背けたのだ。
そうして息子を探そうともせず、新たな子どもを作ることもせず、身も心と放浪者として過ごす日々。
更に時は無駄に過ぎ、更に局部は肥大化し、そして今日。
こうして駅のホームで、衆目にさらされた。多くの人々の叫び声が、お前は醜いと罵っているかの様に感じる。
しかし男は、かすかな笑みを浮かべていた。心なしか張り詰めていた糸が緩んだかの様に、疲れきったかすれた笑みを浮かべていた。

男は今まで自分を責めつづけていた。男はもう楽になりたかった。男の異形を目の当たりにして悲鳴を上げる人々の声は、まるでお前は許されざる罪人だと断定しているように、男には聞こえていた。
男は、それを受け入れた。自分は、息子をまともに育てることのできないダメ親です。どうぞ死刑にしてください。
男は楽になりたかった。刑務所でも、実験室でも、何処へなりとも連れて行ってください。
そうして男は諦めた。
瞬間。
男の下腹部を鈍痛が突き上げた。男は途端に白目を向き、ビクビクと震え出す。男は口を魚の様にパクパクと開けては閉め、開けては閉めを繰り返す。
尚大きくざわめくホーム。誰かがつんのめりながら鉄道警察にすがりつく。その瞬間にも、男の下腹部はまるで心臓の様にバクバクと拍を打っている。
自分は、何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。男は考え、そして気づいた。
男は罪を受け入れたのだ。息子なんて忘れて、新しい子どもを作りなおしたいという、自分の思いを認めたのだ。必死になって抑え込んでいた思いは、抑えが無くなったなら当然、溢れ出す。
肥大化したペニスの茎が不気味に脈打つ。その赤々とした輪郭が蠢く様に波打って歪む。
あの悪魔が与えたこれは、ペニスではなかった。これは母胎だ。これ自体に、いまだ見ぬ何者かが入っているのだ。
びったんびったんホームの床を叩くペニスの先、半分ほど包み込んでいた皮が薄く引き伸ばされミリミリと音を立てて剥けていく。
ふと、うねっていた茎が硬く硬直し、男の眼前に突き出すようにして反り返る。
そしてしばらく鈴口が呼吸をする様に開閉を繰り返し、不意に大きく開いた。
『あああああああああああああああ!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ 』
頭がまず飛び出す。裂けた鈴口を更に押しのけ、肩が、胸が、腕が、順に男の胸にのっていく。そして足が最後に落ちた時、男はそれを腕にかきいだいた。
それは赤子であった。ふっくらとした輪郭と、アヒルのように突き出した口。そして、白い揉み上げ。
男にそっくりな赤子であった。
まるで、クローンのように。
大声で泣きわめく赤子を胸に抱き、男は悲しげに笑った。
『お前の名前は洋一じゃよ』
発車の時間を告げるベルが、けたたましく鳴り響いた。

まるで、悪魔の笑い声のように。

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