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<strong>河野 唯一</strong>(こうの | <strong>河野 唯一</strong>(こうの ただかず、Kono Tadakazu、1880年頃-1973年頃)は、[[唐澤貴洋]]の曽祖伯父で[[河野一英]]の伯父である。安佐郡緑井村の青年会長を務めた。株式会社報徳銀行の取締役・監査役。 | ||
== 経歴 == | == 経歴 == | ||
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* 不明 - 朝鮮で成功したと触れ込み、七軒茶屋に報徳銀行を開業したが、アメリカやハワイの送金を預かって破産し、夜逃げ同然で宮島駅(廿日市市)の東海岸近くへ移り住む<ref>[https://imgur.com/hN3GyQI 河田登『移民の経験記』 ]</ref>。 | * 不明 - 朝鮮で成功したと触れ込み、七軒茶屋に報徳銀行を開業したが、アメリカやハワイの送金を預かって破産し、夜逃げ同然で宮島駅(廿日市市)の東海岸近くへ移り住む<ref>[https://imgur.com/hN3GyQI 河田登『移民の経験記』 ]</ref>。 | ||
* 1929年 - 弟の光次と共に三段峡(山県郡安芸太田町)を見物<ref>[http://imgur.com/olrpaNr.jpg 河野光次「九州横断廻遊記」『ツーリスト』111号 1929年12月]</ref>。 | * 1929年 - 弟の光次と共に三段峡(山県郡安芸太田町)を見物<ref>[http://imgur.com/olrpaNr.jpg 河野光次「九州横断廻遊記」『ツーリスト』111号 1929年12月]</ref>。 | ||
== 備考 == | |||
親戚の玉木家が神主を務める宇那木神社には玉木真佐雄幸直を顕彰した「玉木先生碑<ref>[http://yutaka901.fc2web.com/page5dsx25c.html 『(宇那木神社)玉木先生碑』]</ref>」が現存し、建立者の一人として「河野唯和」の名前が刻まれている。これにより名前の読みが「ただかず」とほぼ確定した。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||