「東京藝術大学」の版間の差分

文章「書き込んだ本人を訴えた形跡はなく、少なくとも唐澤貴洋は行っていない。」を太字化
>HSGWT
編集の要約なし
(文章「書き込んだ本人を訴えた形跡はなく、少なくとも唐澤貴洋は行っていない。」を太字化)
23行目: 23行目:
三浦退官後の4月、同学部の非常勤講師・'''廬慶順'''<ref>{{archive|http://tsdb.geidai.ac.jp/profile/ja.1a4d1e8b591f7ed7b06650159b62bf30.html|https://archive.vn/XIeB1|廬 慶順(音楽学部 邦楽科)}}</ref>が准教授に就任。
三浦退官後の4月、同学部の非常勤講師・'''廬慶順'''<ref>{{archive|http://tsdb.geidai.ac.jp/profile/ja.1a4d1e8b591f7ed7b06650159b62bf30.html|https://archive.vn/XIeB1|廬 慶順(音楽学部 邦楽科)}}</ref>が准教授に就任。


これらに先立つ1月に、三浦正義・廬慶順両名は「二人は愛人関係にある」「三浦は愛人の廬を准教授に推薦した」「廬は准教授に就任する実績がない」という旨の書き込みを、唐澤貴洋に削除要請・[[開示]]請求を依頼した。その後書き込んだ本人を訴えた形跡はなく、少なくとも唐澤貴洋は行っていない。依頼の時期は[[長谷川亮太]]の依頼と同時期かやや前であり、[[パカ弁]]やパカビジという悪徳弁護士の商法はよっぽどインターネットの法事情に詳しい人間でもない限り知り得ないものであった。
これらに先立つ1月に、三浦正義・廬慶順両名は「二人は愛人関係にある」「三浦は愛人の廬を准教授に推薦した」「廬は准教授に就任する実績がない」という旨の書き込みを、唐澤貴洋に削除要請・[[開示]]請求を依頼した。その後'''書き込んだ本人を訴えた形跡はなく、少なくとも唐澤貴洋は行っていない。'''依頼の時期は[[長谷川亮太]]の依頼と同時期かやや前であり、[[パカ弁]]やパカビジという悪徳弁護士の商法はよっぽどインターネットの法事情に詳しい人間でもない限り知り得ないものであった。


その後の形跡から推測すると、彼らは新しい弁護士を探す羽目になったことは確実で、パカビジの餌食になったと考えるのが妥当と思われる。いずれにしても時代の犠牲者としての側面が強く、ある意味で[[ステロイド患者]]以上に可哀想な人物である。
その後の形跡から推測すると、彼らは新しい弁護士を探す羽目になったことは確実で、パカビジの餌食になったと考えるのが妥当と思われる。いずれにしても時代の犠牲者としての側面が強く、ある意味で[[ステロイド患者]]以上に可哀想な人物である。
匿名利用者