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「弁護士が受けた100万回の殺害予告 突然訪れる危機を回避する方法/本文」の版間の差分

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== chapter 02|議論レポート ==
== chapter 02|議論レポート ==


 弁護士ドットコムが弁護士500人にアンケートをしたところ、業務で身の危険を感じたことがある弁護士は43.2%。ネット中傷については22.2%に被害経験があり、被害経験はないが懸念はしているとした弁護士も65.0%いた。不当な懲戒請求の被害も21.8%あり、弁護士が「攻撃」を受けることは珍しくない(結果レポートはhttps:/oni.sc/p474359からダウンロードできる)。<br>
 弁護士ドットコムが弁護士500人にアンケートをしたところ、業務で身の危険を感じたことがある弁護士は43.2%。ネット中傷については22.2%に被害経験があり、被害経験はないが懸念はしているとした弁護士も65.0%いた。不当な懲戒請求の被害も21.8%あり、弁護士が「攻撃」を受けることは珍しくない(結果レポートはhttps://onl.sc/p474359からダウンロードできる)。<br>
 基調講演のあとは、司会の青木美佳氏も交え、唐澤氏、北氏と弁護士の「防御」について、参加した弁護士から寄せられた多数の質問にも答えながら、議論を深めた。一部再構成してレポートする(以下、敬称略)。
 基調講演のあとは、司会の青木美佳氏も交え、唐澤氏、北氏と弁護士の「防御」について、参加した弁護士から寄せられた多数の質問にも答えながら、議論を深めた。一部再構成してレポートする(以下、敬称略)。


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唐澤:対面で会う人はスクリーニングにかけること。コロナ禍でZoomなどが一般的になってきたので、良く分からない人には非接触の形で面談する。実際に会うときも、常に可能かという問題はありますが、録音録画をしておくのは抑止力になるんじゃないでしょうか。
唐澤:対面で会う人はスクリーニングにかけること。コロナ禍でZoomなどが一般的になってきたので、良く分からない人には非接触の形で面談する。実際に会うときも、常に可能かという問題はありますが、録音録画をしておくのは抑止力になるんじゃないでしょうか。
=== 2 ネット中傷、被害回復の術はあるか ===
青木:続いてはネットの中傷被害についてです。北先生はツイッターで2万人以上のフォロワーがいますが、ネットの中傷被害はないんでしょうか?
北:いろいろ言われているんだとは思うんですよ。ただ、私はフォローよりもミュートの数が多いぐらいで。だから、第三者から私のリプライ欄を見たら何か書いてあるんでしょうけど、私自身には見えないんですね。見えないものは「ない」と同じなので。青木先生もツイッターされてますよね?
青木:あまりにひどいのは今のところないような気はしているんですけど…。あとは個人の受け取り方の問題かもしれませんが。<br>
 唐澤先生はいかがですか。事件はネット発端でしたが、今も精力的にYouTubeなどで発信されています。
唐澤:そうですね。殺害予告をしてきた人とお会いした中で、どこかで理解し合いたいなという気持ちもあったので。インターネットを通じてユーザーとやりとりをしたうえで、自分が言いたいことをちゃんと言えるような環境をつくるというところを意図してやっています。
青木:素晴らしいですね。ご覧になっている先生からコメントが来ています。唐澤先生は身体や生命に対する危険が大きく、リスクとリターンが見合ってないように見えるのに向き合い方がすごく真摯だと。この辺りどういうお考えがあるんでしょうか。
唐澤:なかなか言葉にするのは難しいんですが…。弁護士として社会の問題に対峙して、最終的に何をするのかっていったときに、僕の中では目指すのは人と人との調和だと思っているんです。僕自身は攻撃を受けましたけど、加害者にもそれなりの悩みや問題があって…。僕自身そういったものと向き合う中で、最終的に社会というものがちゃんと維持されるような形で、みんなが健全にもっと言い合えるような環境ができたら良いなって考えるようになりました。<br>
 子どものときに観た映画で、ドラえもんだったかな、みんなで助け合って生きていくようなところがあって、それに憧れるとこはあるんですね。だからどこかですね、みんなで社会を維持していきたいなという気持ちがあるんですね。それは僕の甘さなのかもしんないですけど。
==== Googleマップの口コミはコントロール不能 ====
青木:ネット関係ですと、事前に寄せられた質問で、Googleマップの評価を懸念しているという声が多く寄せられました。北先生は事務所の経営者の立場ですが、やはり気になりますか?
北:正直なところ、法律事務所だとGoogleマップの口コミって気にしてもしょうがないと思うんですよ。実力、実態と口コミが釣り合わない事務所は多い。たとえば、無罪事件をたくさんとっている某有名事務所。Googleマップの評価は1.8ですよ。ニュースの影響で、不当な書き込みをされている。<br>
 うちの事務所も今は2.1。私は飲食や美容院のキャンセル料金の回収をやっているんですが、「予約をキャンセルして弁護士から通知が来た」みたいな投稿で1点をつけられてしまう。ほかにも発信者情報開示や児童相談所案件を専門にやっている弁護士もいるので、そうなるともうコントロール不能です。お客さんがそういうのを気にする層だと難しいかもしれませんが、うちはほとんど紹介でやっているので。<br>
 これは唐澤先生にお聞きしたいのですが、Googleマップの書き込みって特定も難しければ削除も難しいイメージなんですよ。だからなかなか対策って難しいんじゃないかなという気がするんですけど…。
唐澤:そうですね。対応策としてはフォームから申請を出すか、仮処分をやるかです。実際自分もやってみたんですけど、フォームからの申請についてはGoogleからの誠意ある対応というのは期待できないと思っています。仮処分なんかも非常に労力がかかりますし、意見論評のような表現をされてしまうと、裁判所の判断をもらえない可能性がある。対応に苦慮されてるかたが多いですよね。
青木:「ウェブ上の不適切な記載を削除させることはできますか」というような質問を複数いただいているんですが、答えとしては今お話くださった形になりますよね。
唐澤:そうですね。事実をもとにした意見論評のフィールドに入ってくると、裁判所も途端に厳しい判断になったりするんで。酷いことが書かれていても、実際問題として削除させることは難しい場面もありますよね。
==== ネット中傷で警察が動くには時間がかかる ====
青木:DV事件を担当していて、加害者から嫌がらせを受けているという先生から質問が来ています。他の弁護士に対応を頼むと、事件単価より弁護士費用のほうが高くなってしまう。でも、自分は中傷問題に詳しくないから、対応に悩んでいると。
唐澤:どこまでご協力できるか分かりませんが、ご相談いただければ、アドバイスはできます。ご所属先の業務妨害対策委員会にご相談されるのも一つの手です。弁護士会にもっと支援の仕組みがあったらなと思います。
青木:こういう質問もあります。「バカやアホでも誹謗中傷に当たるか。ボコボコにしてやるという書き込みで警察は動いてくれるか」。
唐澤:バカ、アホについては書かれている全体の内容と、あとはその量ですよね。それを精査する必要があると思います。一概に違法とも言えないし、全く根拠なく、ずっと書き続けられていることがあれば侮辱に当たる可能性が出てくる。
青木:警察が動いてくれるかも内容次第ですかね?
唐澤:そうですね。インターネットの問題で、警察のほうにも多くのご相談があるんだと思うんですね。その中で直ちに動いていただけるかっていうと、それなりに時間もかかってしまうのが現実だと思います。<br>
 自分のときも事件として立件されるまで3年ぐらいかかりました。警察からも「IPアドレスってなんですか?」みたいに聞かれることもあって…。でも、これはもう新しい問題で社会全体で取り組まないといけないときに来てるから我慢しようと。何度も相談に行きました。ただ、警察のかたにも、非常によく対応していただきまして感謝しています。
青木:唐澤先生は損害賠償などは請求されなかったんですか?
唐澤:最初のころにはありました。ただ、加害者の人と実際に会っていく中で、何ですかね、はっきりと悪い人だったら、僕も感情を維持できるんですけど、そうじゃなくて本当に何か家庭環境でイライラして書いちゃったみたいな学生とかを見るとですね、そこはもう僕の弱いところなんですけど、もう二度とやるなと。違う形で会おうという感じで終わらせちゃうこともあってですね。僕自身も青年期にいろいろと紆余曲折があったんで…。
青木:相手の顔が見えると、何か感じることも出てくると。
=== 3 不当な懲戒請求にどう立ち向かうべきか ===
青木:話題を変えて、懲戒請求についてうかがっていきます。北先生は最近、ツイッターの発言を理由とした懲戒請求を受けたと聞きました。
北:はい。2022年の頭ぐらいに。事件の相手方からです。私のツイッターを見ている人は、私が妻のことを「ツマー」と呼んで、話題にしているのを日々見ていると思うんですけど、先日妻が「喪服もののAV(アダルトビデオ)」が云々みたいなことを言っていたので、こんなひどい話を聞かされているとツイートしたんです。そうしたら、「弁護士たるものAVという単語を出すとは何事だ」みたいな懲戒請求が来たんですよ。<br>
 たぶん、交渉である程度有利に働くんじゃないかという意図のもとに懲戒請求をしてるんでしょうね。こういう相手方からの不当な懲戒請求は昔からある類型だと思うんですけど、正直なところ完全に防ぐのは難しいのかなと。<br>
 懲戒請求って権利なので、するなとは言えないです。ただ、コストも時間もかかるんですけど、不当な懲戒請求については、1個1個ちゃんと損害賠償請求が来るんだよということで対応していく必要があると思うんですね。<br>
 今まで基本的に弁護士だったら「まあありうる」ということで、前提として気にするなみたいなところでやってきたと思うんですよ。懲戒請求されて一人前みたいな。でも、全然知らない人から来る、もしくは本来の目的ではない使い方をしてくる場合には、弁護士会や互助団体なりで、ある程度対応していく必要があるだろうとは考えていますね。
青木:されてしまったときに、対応のコツはあるんですか?
北:とにかく周りに言うことですね。私、大量懲戒請求のとき、同期のクラスメイトや先輩方のグループとかに、こんなに来たんだけどとすぐ投げました。仮に代理人を立てないとしても、一人で抱えないことだと思います。第三者的な立場で見たら、そんなの懲戒されないよというのでも、当事者になるといろいろ考えちゃうと思うんですよ。
青木:今日のポイントのひとつはそこですね。やっぱり相談すると。
北:知り合いベースで良いので。ただ、代理人なり、弁護団に入ってもらうというのであれば、メンバーはある程度考えたほうが良いだろうなとは思います。
青木:そこ、具体的に教えてもらっても良いですか?
北:何を目的とするかによるんですが、今回の不当懲戒の弁護団としては、相手方がとにかく多かったので、機械化・自動化ができないといけなかった。あと、意思決定が遅いといつまでも進まない。この人の判断を仰がないと進めないという弁護団にすると、その人の反応がないだけで半日止まっちゃうんですね。<br>
 だから、今回の弁護団にトップはいないんですよ。だいたい半分の賛同がとれたら進むんですね。だから、重鎮の先生方って相談相手としては勘所も知っているし、非常に重要だと思うんですが、弁護団には入っていただかないというのが私たちの考えでした。
青木:「自動化」というのはどういうことなんですか?
北:たとえば、判決に自動的にマスキングをかけるとか、名簿を自動抽出するとか。懲戒に限らず、弁護団を組むときはシステム的なスキルをお持ちのかたや、マスコミ対応ができるかたを入れるのは、特に社会に訴えていくみたいなところがある場合は必要かなと思います。<br>
 あとは近い年代で固めて、理論が強い人はもちろん必要。学者の先生とコネクションがある人も。意見書を書いてもらうことが結構あるので。今回の弁護団は法廷に行くだけでも人数がいりましたけど、本当はあんまり増やさないのが重要だと思いますね。意思決定が遅くなるので。<br>
 自分が全部身につけるのは現実的ではないので、必要に応じて集まってもらえる関係性を普段からつくっておくのは、業務のスキルとしてあっても良いのかなと。
==== 濫用的懲戒請求へのバックアップ体制を ====
青木:唐澤先生も懲戒請求をされたご経験があるそうですが。
唐澤:そうですね。最近なんですけど、本当に何年も前のネット上の発言を、弁護士の品位にもとるという形で懲戒請求されて。これには経緯があって、懲戒請求をした人が実は「指示する内容で書け」とネットで脅迫を受けていたみたいで。請求書の余白に「これは自分の本意じゃありません」と走り書きがあったんですね。<br>
 ただ、こんな風に書いてあっても、普通の懲戒請求としては受理されまして、答弁書を出しました。最終的に請求は認められなかったんですけど、「本意ではない」という部分について本人への確認はなかった。ここは何らかの形で確認しないといけないんだろうなと思います。<br>
 今インターネットは、扇動の時代が来たなっていうところがあって、ある種の操作ができたり、そこに権力が発生したりする空間になっています。北先生の「余命」の事件のように、妙なものに乗っかっちゃって、懲戒請求をするような事例って今後もありうると思っています。
北:懲戒請求の制度って、我々のことがあってから段階的に変わっているとは思うんですが、やっぱり融通が利かない部分があって。たとえば、懲戒請求はあくまで端緒なので、本人が取り下げても止まらないんですよね。私のときも記者会見のあと、何十人かは和解をして、懲戒請求を取り下げますって言ってきたんです。でも、弁護士会に届いてしまうと、懲戒手続きが止まらない。<br>
 今は内容が一見して不当なら弁護士会が切ることもあるようですが、これはこれで恣意的な運用の恐れは残る。基準が明確ではないので。どちらかというと私としては、入り口で本人確認と手数料、あとは濫用的懲戒請求へのバックアップ体制をしっかりしたほうが良いのかなと思っています。
青木:唐澤先生の事案では、脅迫した人は分かったんですか?
唐澤:ネットで匿名の脅迫行為がおこなわれているので、分からないですよね。入り口が広く、懲戒請求しやすいので、不当に利用しようという人がいるのもまた事実だと思います。
==== 懲戒請求者の書面に出てきた謎の陰謀論 ====
唐澤:北先生にお聞きしたいんですが、陰謀論に支配されているような人たちも現実にいて、今後そういう人たちが社会的問題に取り組む弁護士に矛先を向けてくる可能性ってあると思いますか?
北:正直、ゼロじゃないと思いますね。私たちのケースだと、期日で出てくる書面で、「北朝鮮の核ミサイル」という言葉が乱舞していたり、佐々木先生にいたっては「日本国憲法の制定に関与した疑いがある」って本当に書いてあるんですよ。<br>
 彼らは懲戒請求することは正義にかなうと思ってるんですよね。彼らなりの善意だったり、正義だったりでやっている。ほかは普通なんですけど、陰謀論の部分だけ非常にとがっている。<br>
 今回、全員が損害賠償されたので、弁護士にまたやるのはもしかしたら下火になるかもしれませんが、矛先が違うところに向くのはありうる話だと思っています。
青木:お時間的にこれで最後になると思いますが、「懲戒請求に対応するための有益な書籍があればご紹介ください」という質問が来ています。
北:これは難しいんですけど、たぶん今のところないんですよ。懲戒事例集はあります。でも、懲戒にならなかった事例集って綱紀委員会にはあるらしいのですが、一般販売されているのは知りません。それに反論書が載ってるわけじゃないんですよね。<br>
 だから懲戒対応の書籍みたいなものに需要はあると思いますが、懲戒にならなかった事例をどうやって収集するかみたいな難しさがあるのかなと思います。
青木:ぜひ、次回の北先生の書籍で(笑)。それではお時間ですので、最後に一言ずつお願いします。
唐澤:お聞きいただいてる弁護士の先生がたに、こういった問題があるということを認識いただいて、弁護士同士でですね、何とかその社会的問題に取り組めるような体制ができたら良いなと思っています。
北:唐澤先生がおっしゃった通り、業界内で助け合わないと。なかなか外に助けを求めるのは難しいでしょうし。自分が被害にあったときは、遠慮なく助けを求めるべきだと思いますし、逆に周りから助けを求められたときは親身に対応してあげてほしいなと思っています。


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2022年6月16日 (木) 11:48時点における最新版

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Conference 弁護士の明日を語る

弁護士が受けた100万回の殺害予告

突然訪れる危機を回避する方法

弁護士は危険と隣り合わせの仕事だ。 しかも近年は、インターネットを通じた誹謗中傷などの攻撃も社会問題になっている。 弁護士ドットコムは2022年3月23日に防犯に関するカンファレンスを開催。 「100万回」も殺害予告された唐澤貴洋氏、960通もの不当な懲戒請求を受けた北周士氏、フリーアナウンサーでもある青木美佳氏の3人に、身を守る術や被害への対処法を議論してもらった。その模様をレポートする。  企画:新志有裕、赤津ひろみ、魚住あずさ、園田昌也/文:園田昌也/撮影:乃木章


山崎・秋山・山下法律事務所
青木 美佳氏
MIKA AOKI

69期。第二東京弁護士会。CATV局等のキャスターから弁護士に。フリーアナウンサーとしても活動中。


法律事務所Steadiness
唐澤 貴洋氏
TAKAHIRO KARASAWA

新63期。第一東京弁護士会。誹謗中傷の被害者の代理人になったところ、大量の殺害予告などを受けた。


法律事務所アルシエン
北 周士氏
KANEHITO KITA

旧60期。東京弁護士会。保守派のブログに名指しされ、大量の不当な懲戒請求を受けた。

chapter 01|被害者レポート(基調講演より)

CASE-01 唐澤弁護士の場合

「100万回の殺害予告」を受けた唐澤貴洋氏。 きっかけは、2012年にネット掲示板「2ちゃんねる」で、ある高校生をめぐる書き込みの削除を引き受けたことだった。 弁護士がついたことが分かると、一部の2ちゃんねるユーザーは依頼者だけでなく、唐澤氏も攻撃するように。 被害の度合いは次第に深刻になっていった。

被害実態

 掲示板に殺害予告をされるのは日常茶飯事だった。事務所のインターフォンに「殺す」と書かれたり、ポストを汚されたり、鍵穴に接着剤を詰められたりしたこともあった。今でも時々、カッターナイフが送られてくるという。
 度を越えたプライバシー侵害も続いた。家族構成を調べられ、勝手に家系図をつくって公開されたり、祖父の墓にスプレーで落書きされたり…。出身校のOB会名簿に住所を載せていたからか、自宅を突き止められ急遽引っ越しを余儀なくされることもあった。
 このほかにも名前を使われて、代金引換の商品を注文されたり、より悪質なものになると自治体などに爆破予告を送られたりと、被害は枚挙にいとまがない。

どう対応したか

 当時、唐澤氏は独立して事務所を構えたばかり。ネット炎上はまだ類例が少なく、先の見通しも立てづらかった。相談者の悩みを聞く自分自身が大きな悩みを抱えていることも苦しく、不安で眠れない夜を過ごしたという。
 「一筋の光明だったのが、同期の弁護士が単位会の業務妨害対策委員会に相談してみればと誘ってくれたことでした。多くの先生方に話を聞いていただき、警察にも同行いただいたことがある。一人じゃないんだと思えたことで、精神を維持できました」(唐澤氏)

加害者の実像

 加害者の中には、発信者情報開示によって本人特定できたり、警察に逮捕されたりした人もいた。いったいどんな人物が攻撃をしていたのか。唐澤氏は何人かと対面し、ヒアリングしている。大学時代に法学ではなく社会学などを学んでいたという経歴もあって、事件の全体像を分析したい気持ちが強かったという。
 実際に会ってみると、「反応が面白い」「みんながやっているから大丈夫だろう」と罪悪感なく攻撃していた若年層が多かったという。また、多くの加害者が孤独な環境で暮らしていたことも分かった。

事務所の防犯対策

 度重なる被害から唐澤氏は防犯に人一倍気を遣っている。現在の事務所は、警察官の巡回が期待できるからと大使館の近くに構えた。オートロックがあることや、出口が2つあることなども決め手になったという。3階にあり、近隣に不審者がいればすぐに分かる。
 防犯グッズとしては刺股や金属バットといった武器のほか、催涙スプレーや防犯ブザーなども揃えた。カッターナイフが届くこともあるため防刃手袋もある。火災対策として消火用の道具や脱出用の避難はしごも準備した。出歩くときにはお守り代わりに銃器メーカーがつくった「タクティカルペン」という硬いペンを持ち歩くという。
 このほか、相談時から身分証を確認、電話はすべて録音しているという。リスクのある来訪者とは事務所ではなく、金属探知機のある裁判所の中で会う。尾行されるリスクがあるため、外出は基本的に車移動にするなど、何度も恐怖を味わっているだけに、対策には余念がない。

CASE-02 北弁護士の場合

 北周士氏のもとに960通の懲戒請求書が届いたのは2018年4月のことだった。発端は日弁連や単位会などによる会長声明。朝鮮学校を高校無償化の対象から外すことに抗議する内容だったため、保守系ブログ「余命三年時事日記」が反発し、読者に会長らの懲戒請求を呼びかけた。
 このとき、「ターゲット」の中に労働弁護士として知られる佐々木亮氏の名前もあった。佐々木氏が大量の懲戒請求が届いたことをツイッターで報告したところ、北氏ら複数の弁護士が「ひどい」と応答。その結果、北氏らも佐々木氏の「仲間」とみなされ、ブログで懲戒請求を呼びかけられてしまう。

被害実態

 通常の懲戒請求では、答弁書を一定期間内に書き上げ、複製と合わせて計5通用意しなくてはならない。仮に960通について、それぞれ答弁書をつくるとなると大きな負担だ。
 ただ、このケースでは内容が同一だったこともあり、答弁書は1種類で良いことになった。とはいえ、荒唐無稽な懲戒請求書を読み、答弁書を書くのは「懲戒はまずない」と確信していても負担感が拭えない。また、懲戒請求の審理が継続している間は弁護士会の移動もできない。
 何より発端となった声明と無関係の自分が対象になったことから、歯止めをかけないと、被害が際限なく広がってしまうと感じたという。

どう対応したか

 そこで北氏は周囲の弁護士に相談。被害にあった佐々木らと計3人で懲戒請求者らを相手に、慰謝料を求める裁判を起こすことにした。ブログ主が、請求書に記載した住所氏名は弁護士には伝わらないという誤った情報を発信していたため、本人特定の手間はかからなかった。
 問題はその数の多さ。仮に960人を一度に訴えると、紙の量は約3トンになるという。また被告が多いと物理的な危険も増す。そこで北氏らは10人を1セットとして訴訟を起こした。
 「ブログ主を最初に訴えると、末端の人たちは『私たちは騙された』で終わってしまう可能性がある。我々は『私たちも悪かった』と認識してもらうことが必要だと考えています」(北氏)
 現在までに全国の裁判所で200件以上の訴訟を起こしている。かかった実費は原告3人で2000万円超。これに対し、認容額は懲戒請求者1人当たり平均10万円ほどだ。寄付があったため、最終的には赤字にならない見通しだが、労力には見合わないという。

加害者の実像

 実際に法廷で見た加害者は「普通の人」だったという。北氏のケースでは加害者は中高年が多く、男女比は6:4程度。控え室で被告の女性たちが夕食の献立を話題にしているのを聞いたこともある。社会的地位が高い人もいれば、年金暮らしという人も。特定の属性に偏っているわけではないようだ。
 ただ、そんな「普通の人」たちが、裁判の書面では「陰謀論」のようなことを平気で書いてくる。そのギャップに不安も感じたという。

必要な対策

 濫用的な懲戒請求が問題化したことで、弁護士会では懲戒請求時に本人確認をする運用が広がっている。北氏はこのほか、懲戒請求が権利であることに配慮しつつ、請求時に一定の手数料を徴収することも検討すべきと提案。濫用的な懲戒請求について弁護士会なり、互助会なり、集団になって対応していく必要性も訴えた。

chapter 02|議論レポート

 弁護士ドットコムが弁護士500人にアンケートをしたところ、業務で身の危険を感じたことがある弁護士は43.2%。ネット中傷については22.2%に被害経験があり、被害経験はないが懸念はしているとした弁護士も65.0%いた。不当な懲戒請求の被害も21.8%あり、弁護士が「攻撃」を受けることは珍しくない(結果レポートはhttps://onl.sc/p474359からダウンロードできる)。
 基調講演のあとは、司会の青木美佳氏も交え、唐澤氏、北氏と弁護士の「防御」について、参加した弁護士から寄せられた多数の質問にも答えながら、議論を深めた。一部再構成してレポートする(以下、敬称略)。

1 事務所の防犯、あなたの事務所は大丈夫?

青木:防犯の工夫についてお聞きしたいと思います。唐澤先生は最近、事務所を新しくされたそうですが。

唐澤:はい。警官が常駐しているところが良いなということで、大使館近くのビルの3階にしました。窓から通りが一望できるので、不審者がいれば、警察に通報するとともに、望遠カメラなどで資料を整えることができます。
 出口も2つありますし、建物のオートロックだけでなく、事務所の入り口の鍵もオートロックにしました。誰が出入りしたかが記録に残るようにしています。

青木:事務所の看板も出されていないとか。

唐澤:そうですね。駅から10〜15分ぐらいのところにあるので、看板を見て来られるかたはいないんです。事前にアポを取っていただいたかたにだけ対応しています。

青木:火災対策はしていますか?

唐澤:昨今のニュースを見ても注意が必要だと思っています。消火ボールを大量に用意していますし、避難はしごも買いました。あとは窓をすぐ破れるような器具も事務所に置いています。

青木:事務所の事務員さんに伝えている注意事項はありますか?

唐澤:本名は名乗らなくて良いよと。制服を着ている人以外はオートロックを解除しないこと。事前にアポがあったかたと配達のかた以外は一切扉を開ける必要はないと。

青木:事件の依頼者が「加害者」に変わることも珍しくありません。北先生は、依頼者との距離感で気をつけていることはありますか?

北:私のメンタルや働き方の問題もあるのですが、仕事の場以外では絡まないようにしています。職場を出たらもう一切私には連絡がつかない。それで納得してくれるお客さんと付き合っていく感じです。

先輩や同期の弁護士と話して救われた

青木:「実際に怪しい人が正面から受付に来たことはありますか」という質問があるんですがどうですか?

唐澤:ありますね。そのときはもちろん入れない。すぐに警察を呼びました。

青木:警察にすぐ連絡したほうが良いと。今の事務所は大使館の近くで警察官が常駐しているということですが、すぐ対応してもらえるんですか?

唐澤:はい。警察の登録制度がありまして、携帯電話の番号に紐づいているんだと思うんですけど、連絡すると事情を察して、近くの警察官を派遣してくれる。困ったら110番して良いという話は警察のかたから聞きます。

青木:唐澤先生ご自身が事件の当事者でもありつつ、弁護士としての通常の仕事も並行してしないといけないという状況だったかと思うのですが、そのような場合どう対応したら良いでしょうか?

唐澤:本当に人に助けていただいたというところが大きくてですね、人とちゃんと話す。先輩の弁護士や同期と話して非常に救われたんですよね。業務妨害対策委員会の先生方や警察もそうです。

家族の話は一切しない

青木:「ご家族を守るために何かなさってることはありますか」という質問も複数ありますね。業務妨害に立ち向かいたいけど、妻や子どものことを考えると怖くなります、と。どうすれば家族にリスクなく、やっていけますか。

唐澤:これについては、依頼者の前であっても、家族の話は一切しないこと。どこから情報が伝わるか分からないですから。そういう心がけが第一歩なのかなと思います。

北:本当にリスクなくっていうんであれば、やらないほうが良いと思うんですよ。家族が大切で守りたいけど、妨害にも立ち向かいたいっていうのは。お気持ちは分かるんですが、探偵に尾行されたら一瞬で家が分かっちゃう。ご自身にとって何が大事か。今は突き止めようと思えば絶対突き止められるんですよ、大してお金もかけずに。だって我々は事務所に行くんで。

青木:唐澤先生は実際に突き止められてしまった個人情報もあるとお聞きしました。バレてしまった部分のケアはどうされたんですか?

唐澤:私の場合はやや特殊で、親族の中には社会的な活動をして書籍などに載ってる人もいたので、そういったところで情報が収集されてしまった。
 ただ、私の祖父なんかは、「お前は悪くないんだから負けるな」と生前は応援してくれて。母親も「頑張りなさい。正義がそれじゃ駄目よ」という感じでケアというか逆に励ましてくれた。なんで何か報いるというわけじゃないんですけど、ちゃんと頑張っているところを見せないとなとは思っています。

青木:今のところ、ご家族に危害は生じていない?

唐澤:そうですね、はい。

青木:女性の先生から「防犯面で不安がある」という質問が来ています。これは私も良く分かるんですが、女性一人だと攻撃を自力で止めるのは難しい。どういう風にしたら良いでしょうか?

唐澤:対面で会う人はスクリーニングにかけること。コロナ禍でZoomなどが一般的になってきたので、良く分からない人には非接触の形で面談する。実際に会うときも、常に可能かという問題はありますが、録音録画をしておくのは抑止力になるんじゃないでしょうか。

2 ネット中傷、被害回復の術はあるか

青木:続いてはネットの中傷被害についてです。北先生はツイッターで2万人以上のフォロワーがいますが、ネットの中傷被害はないんでしょうか?

北:いろいろ言われているんだとは思うんですよ。ただ、私はフォローよりもミュートの数が多いぐらいで。だから、第三者から私のリプライ欄を見たら何か書いてあるんでしょうけど、私自身には見えないんですね。見えないものは「ない」と同じなので。青木先生もツイッターされてますよね?

青木:あまりにひどいのは今のところないような気はしているんですけど…。あとは個人の受け取り方の問題かもしれませんが。
 唐澤先生はいかがですか。事件はネット発端でしたが、今も精力的にYouTubeなどで発信されています。

唐澤:そうですね。殺害予告をしてきた人とお会いした中で、どこかで理解し合いたいなという気持ちもあったので。インターネットを通じてユーザーとやりとりをしたうえで、自分が言いたいことをちゃんと言えるような環境をつくるというところを意図してやっています。

青木:素晴らしいですね。ご覧になっている先生からコメントが来ています。唐澤先生は身体や生命に対する危険が大きく、リスクとリターンが見合ってないように見えるのに向き合い方がすごく真摯だと。この辺りどういうお考えがあるんでしょうか。

唐澤:なかなか言葉にするのは難しいんですが…。弁護士として社会の問題に対峙して、最終的に何をするのかっていったときに、僕の中では目指すのは人と人との調和だと思っているんです。僕自身は攻撃を受けましたけど、加害者にもそれなりの悩みや問題があって…。僕自身そういったものと向き合う中で、最終的に社会というものがちゃんと維持されるような形で、みんなが健全にもっと言い合えるような環境ができたら良いなって考えるようになりました。
 子どものときに観た映画で、ドラえもんだったかな、みんなで助け合って生きていくようなところがあって、それに憧れるとこはあるんですね。だからどこかですね、みんなで社会を維持していきたいなという気持ちがあるんですね。それは僕の甘さなのかもしんないですけど。

Googleマップの口コミはコントロール不能

青木:ネット関係ですと、事前に寄せられた質問で、Googleマップの評価を懸念しているという声が多く寄せられました。北先生は事務所の経営者の立場ですが、やはり気になりますか?

北:正直なところ、法律事務所だとGoogleマップの口コミって気にしてもしょうがないと思うんですよ。実力、実態と口コミが釣り合わない事務所は多い。たとえば、無罪事件をたくさんとっている某有名事務所。Googleマップの評価は1.8ですよ。ニュースの影響で、不当な書き込みをされている。
 うちの事務所も今は2.1。私は飲食や美容院のキャンセル料金の回収をやっているんですが、「予約をキャンセルして弁護士から通知が来た」みたいな投稿で1点をつけられてしまう。ほかにも発信者情報開示や児童相談所案件を専門にやっている弁護士もいるので、そうなるともうコントロール不能です。お客さんがそういうのを気にする層だと難しいかもしれませんが、うちはほとんど紹介でやっているので。
 これは唐澤先生にお聞きしたいのですが、Googleマップの書き込みって特定も難しければ削除も難しいイメージなんですよ。だからなかなか対策って難しいんじゃないかなという気がするんですけど…。

唐澤:そうですね。対応策としてはフォームから申請を出すか、仮処分をやるかです。実際自分もやってみたんですけど、フォームからの申請についてはGoogleからの誠意ある対応というのは期待できないと思っています。仮処分なんかも非常に労力がかかりますし、意見論評のような表現をされてしまうと、裁判所の判断をもらえない可能性がある。対応に苦慮されてるかたが多いですよね。

青木:「ウェブ上の不適切な記載を削除させることはできますか」というような質問を複数いただいているんですが、答えとしては今お話くださった形になりますよね。

唐澤:そうですね。事実をもとにした意見論評のフィールドに入ってくると、裁判所も途端に厳しい判断になったりするんで。酷いことが書かれていても、実際問題として削除させることは難しい場面もありますよね。

ネット中傷で警察が動くには時間がかかる

青木:DV事件を担当していて、加害者から嫌がらせを受けているという先生から質問が来ています。他の弁護士に対応を頼むと、事件単価より弁護士費用のほうが高くなってしまう。でも、自分は中傷問題に詳しくないから、対応に悩んでいると。

唐澤:どこまでご協力できるか分かりませんが、ご相談いただければ、アドバイスはできます。ご所属先の業務妨害対策委員会にご相談されるのも一つの手です。弁護士会にもっと支援の仕組みがあったらなと思います。

青木:こういう質問もあります。「バカやアホでも誹謗中傷に当たるか。ボコボコにしてやるという書き込みで警察は動いてくれるか」。

唐澤:バカ、アホについては書かれている全体の内容と、あとはその量ですよね。それを精査する必要があると思います。一概に違法とも言えないし、全く根拠なく、ずっと書き続けられていることがあれば侮辱に当たる可能性が出てくる。

青木:警察が動いてくれるかも内容次第ですかね?

唐澤:そうですね。インターネットの問題で、警察のほうにも多くのご相談があるんだと思うんですね。その中で直ちに動いていただけるかっていうと、それなりに時間もかかってしまうのが現実だと思います。
 自分のときも事件として立件されるまで3年ぐらいかかりました。警察からも「IPアドレスってなんですか?」みたいに聞かれることもあって…。でも、これはもう新しい問題で社会全体で取り組まないといけないときに来てるから我慢しようと。何度も相談に行きました。ただ、警察のかたにも、非常によく対応していただきまして感謝しています。

青木:唐澤先生は損害賠償などは請求されなかったんですか?

唐澤:最初のころにはありました。ただ、加害者の人と実際に会っていく中で、何ですかね、はっきりと悪い人だったら、僕も感情を維持できるんですけど、そうじゃなくて本当に何か家庭環境でイライラして書いちゃったみたいな学生とかを見るとですね、そこはもう僕の弱いところなんですけど、もう二度とやるなと。違う形で会おうという感じで終わらせちゃうこともあってですね。僕自身も青年期にいろいろと紆余曲折があったんで…。

青木:相手の顔が見えると、何か感じることも出てくると。

3 不当な懲戒請求にどう立ち向かうべきか

青木:話題を変えて、懲戒請求についてうかがっていきます。北先生は最近、ツイッターの発言を理由とした懲戒請求を受けたと聞きました。

北:はい。2022年の頭ぐらいに。事件の相手方からです。私のツイッターを見ている人は、私が妻のことを「ツマー」と呼んで、話題にしているのを日々見ていると思うんですけど、先日妻が「喪服もののAV(アダルトビデオ)」が云々みたいなことを言っていたので、こんなひどい話を聞かされているとツイートしたんです。そうしたら、「弁護士たるものAVという単語を出すとは何事だ」みたいな懲戒請求が来たんですよ。
 たぶん、交渉である程度有利に働くんじゃないかという意図のもとに懲戒請求をしてるんでしょうね。こういう相手方からの不当な懲戒請求は昔からある類型だと思うんですけど、正直なところ完全に防ぐのは難しいのかなと。
 懲戒請求って権利なので、するなとは言えないです。ただ、コストも時間もかかるんですけど、不当な懲戒請求については、1個1個ちゃんと損害賠償請求が来るんだよということで対応していく必要があると思うんですね。
 今まで基本的に弁護士だったら「まあありうる」ということで、前提として気にするなみたいなところでやってきたと思うんですよ。懲戒請求されて一人前みたいな。でも、全然知らない人から来る、もしくは本来の目的ではない使い方をしてくる場合には、弁護士会や互助団体なりで、ある程度対応していく必要があるだろうとは考えていますね。

青木:されてしまったときに、対応のコツはあるんですか?

北:とにかく周りに言うことですね。私、大量懲戒請求のとき、同期のクラスメイトや先輩方のグループとかに、こんなに来たんだけどとすぐ投げました。仮に代理人を立てないとしても、一人で抱えないことだと思います。第三者的な立場で見たら、そんなの懲戒されないよというのでも、当事者になるといろいろ考えちゃうと思うんですよ。

青木:今日のポイントのひとつはそこですね。やっぱり相談すると。

北:知り合いベースで良いので。ただ、代理人なり、弁護団に入ってもらうというのであれば、メンバーはある程度考えたほうが良いだろうなとは思います。

青木:そこ、具体的に教えてもらっても良いですか?

北:何を目的とするかによるんですが、今回の不当懲戒の弁護団としては、相手方がとにかく多かったので、機械化・自動化ができないといけなかった。あと、意思決定が遅いといつまでも進まない。この人の判断を仰がないと進めないという弁護団にすると、その人の反応がないだけで半日止まっちゃうんですね。
 だから、今回の弁護団にトップはいないんですよ。だいたい半分の賛同がとれたら進むんですね。だから、重鎮の先生方って相談相手としては勘所も知っているし、非常に重要だと思うんですが、弁護団には入っていただかないというのが私たちの考えでした。

青木:「自動化」というのはどういうことなんですか?

北:たとえば、判決に自動的にマスキングをかけるとか、名簿を自動抽出するとか。懲戒に限らず、弁護団を組むときはシステム的なスキルをお持ちのかたや、マスコミ対応ができるかたを入れるのは、特に社会に訴えていくみたいなところがある場合は必要かなと思います。
 あとは近い年代で固めて、理論が強い人はもちろん必要。学者の先生とコネクションがある人も。意見書を書いてもらうことが結構あるので。今回の弁護団は法廷に行くだけでも人数がいりましたけど、本当はあんまり増やさないのが重要だと思いますね。意思決定が遅くなるので。
 自分が全部身につけるのは現実的ではないので、必要に応じて集まってもらえる関係性を普段からつくっておくのは、業務のスキルとしてあっても良いのかなと。

濫用的懲戒請求へのバックアップ体制を

青木:唐澤先生も懲戒請求をされたご経験があるそうですが。

唐澤:そうですね。最近なんですけど、本当に何年も前のネット上の発言を、弁護士の品位にもとるという形で懲戒請求されて。これには経緯があって、懲戒請求をした人が実は「指示する内容で書け」とネットで脅迫を受けていたみたいで。請求書の余白に「これは自分の本意じゃありません」と走り書きがあったんですね。
 ただ、こんな風に書いてあっても、普通の懲戒請求としては受理されまして、答弁書を出しました。最終的に請求は認められなかったんですけど、「本意ではない」という部分について本人への確認はなかった。ここは何らかの形で確認しないといけないんだろうなと思います。
 今インターネットは、扇動の時代が来たなっていうところがあって、ある種の操作ができたり、そこに権力が発生したりする空間になっています。北先生の「余命」の事件のように、妙なものに乗っかっちゃって、懲戒請求をするような事例って今後もありうると思っています。

北:懲戒請求の制度って、我々のことがあってから段階的に変わっているとは思うんですが、やっぱり融通が利かない部分があって。たとえば、懲戒請求はあくまで端緒なので、本人が取り下げても止まらないんですよね。私のときも記者会見のあと、何十人かは和解をして、懲戒請求を取り下げますって言ってきたんです。でも、弁護士会に届いてしまうと、懲戒手続きが止まらない。
 今は内容が一見して不当なら弁護士会が切ることもあるようですが、これはこれで恣意的な運用の恐れは残る。基準が明確ではないので。どちらかというと私としては、入り口で本人確認と手数料、あとは濫用的懲戒請求へのバックアップ体制をしっかりしたほうが良いのかなと思っています。

青木:唐澤先生の事案では、脅迫した人は分かったんですか?

唐澤:ネットで匿名の脅迫行為がおこなわれているので、分からないですよね。入り口が広く、懲戒請求しやすいので、不当に利用しようという人がいるのもまた事実だと思います。

懲戒請求者の書面に出てきた謎の陰謀論

唐澤:北先生にお聞きしたいんですが、陰謀論に支配されているような人たちも現実にいて、今後そういう人たちが社会的問題に取り組む弁護士に矛先を向けてくる可能性ってあると思いますか?

北:正直、ゼロじゃないと思いますね。私たちのケースだと、期日で出てくる書面で、「北朝鮮の核ミサイル」という言葉が乱舞していたり、佐々木先生にいたっては「日本国憲法の制定に関与した疑いがある」って本当に書いてあるんですよ。
 彼らは懲戒請求することは正義にかなうと思ってるんですよね。彼らなりの善意だったり、正義だったりでやっている。ほかは普通なんですけど、陰謀論の部分だけ非常にとがっている。
 今回、全員が損害賠償されたので、弁護士にまたやるのはもしかしたら下火になるかもしれませんが、矛先が違うところに向くのはありうる話だと思っています。

青木:お時間的にこれで最後になると思いますが、「懲戒請求に対応するための有益な書籍があればご紹介ください」という質問が来ています。

北:これは難しいんですけど、たぶん今のところないんですよ。懲戒事例集はあります。でも、懲戒にならなかった事例集って綱紀委員会にはあるらしいのですが、一般販売されているのは知りません。それに反論書が載ってるわけじゃないんですよね。
 だから懲戒対応の書籍みたいなものに需要はあると思いますが、懲戒にならなかった事例をどうやって収集するかみたいな難しさがあるのかなと思います。

青木:ぜひ、次回の北先生の書籍で(笑)。それではお時間ですので、最後に一言ずつお願いします。

唐澤:お聞きいただいてる弁護士の先生がたに、こういった問題があるということを認識いただいて、弁護士同士でですね、何とかその社会的問題に取り組めるような体制ができたら良いなと思っています。

北:唐澤先生がおっしゃった通り、業界内で助け合わないと。なかなか外に助けを求めるのは難しいでしょうし。自分が被害にあったときは、遠慮なく助けを求めるべきだと思いますし、逆に周りから助けを求められたときは親身に対応してあげてほしいなと思っています。