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防犯グッズとしては刺股や金属バットといった武器のほか、催涙スプレーや防犯ブザーなども揃えた。カッターナイフが届くこともあるため防刃手袋もある。火災対策として消火用の道具や脱出用の避難はしごも準備した。出歩くときにはお守り代わりに銃器メーカーがつくった「タクティカルペン」という硬いペンを持ち歩くという。<br> | 防犯グッズとしては刺股や金属バットといった武器のほか、催涙スプレーや防犯ブザーなども揃えた。カッターナイフが届くこともあるため防刃手袋もある。火災対策として消火用の道具や脱出用の避難はしごも準備した。出歩くときにはお守り代わりに銃器メーカーがつくった「タクティカルペン」という硬いペンを持ち歩くという。<br> | ||
このほか、相談時から身分証を確認、電話はすべて録音しているという。リスクのある来訪者とは事務所ではなく、金属探知機のある裁判所の中で会う。尾行されるリスクがあるため、外出は基本的に車移動にするなど、何度も恐怖を味わっているだけに、対策には余念がない。 | このほか、相談時から身分証を確認、電話はすべて録音しているという。リスクのある来訪者とは事務所ではなく、金属探知機のある裁判所の中で会う。尾行されるリスクがあるため、外出は基本的に車移動にするなど、何度も恐怖を味わっているだけに、対策には余念がない。 | ||
=== CASE-02 北弁護士の場合 === | |||
北周士氏のもとに960通の懲戒請求書が届いたのは2018年4月のことだった。発端は日弁連や単位会などによる会長声明。朝鮮学校を高校無償化の対象から外すことに抗議する内容だったため、保守系ブログ「余命三年時事日記」が反発し、読者に会長らの懲戒請求を呼びかけた。<br> | |||
このとき、「ターゲット」の中に労働弁護士として知られる佐々木亮氏の名前もあった。佐々木氏が大量の懲戒請求が届いたことをツイッターで報告したところ、北氏ら複数の弁護士が「ひどい」と応答。その結果、北氏らも佐々木氏の「仲間」とみなされ、ブログで懲戒請求を呼びかけられてしまう。 | |||
==== 被害実態 ==== | |||
通常の懲戒請求では、答弁書を一定期間内に書き上げ、複製と合わせて計5通用意しなくてはならない。仮に960通について、それぞれ答弁書をつくるとなると大きな負担だ。<br> | |||
ただ、このケースでは内容が同一だったこともあり、答弁書は1種類で良いことになった。とはいえ、荒唐無稽な懲戒請求書を読み、答弁書を書くのは「懲戒はまずない」と確信していても負担感が拭えない。また、懲戒請求の審理が継続している間は弁護士会の移動もできない。<br> | |||
何より発端となった声明と無関係の自分が対象になったことから、歯止めをかけないと、被害が際限なく広がってしまうと感じたという。 | |||
==== どう対応したか ==== | |||
そこで北氏は周囲の弁護士に相談。被害にあった佐々木らと計3人で懲戒請求者らを相手に、慰謝料を求める裁判を起こすことにした。ブログ主が、請求書に記載した住所氏名は弁護士には伝わらないという誤った情報を発信していたため、本人特定の手間はかからなかった。<br> | |||
問題はその数の多さ。仮に960人を一度に訴えると、紙の量は約3トンになるという。また被告が多いと物理的な危険も増す。そこで北氏らは10人を1セットとして訴訟を起こした。<br> | |||
「ブログ主を最初に訴えると、末端の人たちは『私たちは騙された』で終わってしまう可能性がある。我々は『私たちも悪かった』と認識してもらうことが必要だと考えています」(北氏)<br> | |||
現在までに全国の裁判所で200件以上の訴訟を起こしている。かかった実費は原告3人で2000万円超。これに対し、認容額は懲戒請求者1人当たり平均10万円ほどだ。寄付があったため、最終的には赤字にならない見通しだが、労力には見合わないという。 | |||
==== 加害者の実像 ==== | |||
実際に法廷で見た加害者は「普通の人」だったという。北氏のケースでは加害者は中高年が多く、男女比は6:4程度。控え室で被告の女性たちが夕食の献立を話題にしているのを聞いたこともある。社会的地位が高い人もいれば、年金暮らしという人も。特定の属性に偏っているわけではないようだ。<br> | |||
ただ、そんな「普通の人」たちが、裁判の書面では「陰謀論」のようなことを平気で書いてくる。そのギャップに不安も感じたという。 | |||
==== 必要な対策 ==== | |||
濫用的な懲戒請求が問題化したことで、弁護士会では懲戒請求時に本人確認をする運用が広がっている。北氏はこのほか、懲戒請求が権利であることに配慮しつつ、請求時に一定の手数料を徴収することも検討すべきと提案。濫用的な懲戒請求について弁護士会なり、互助会なり、集団になって対応していく必要性も訴えた。 | |||
[[カテゴリ:唐澤貴洋に関する著作・記事]] | |||
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2022年6月15日 (水) 03:24時点における版
SPECIAL FEATURE
Conference 弁護士の明日を語る
弁護士が受けた100万回の殺害予告
突然訪れる危機を回避する方法
弁護士は危険と隣り合わせの仕事だ。 しかも近年は、インターネットを通じた誹謗中傷などの攻撃も社会問題になっている。 弁護士ドットコムは2022年3月23日に防犯に関するカンファレンスを開催。 「100万回」も殺害予告された唐澤貴洋氏、960通もの不当な懲戒請求を受けた北周士氏、フリーアナウンサーでもある青木美佳氏の3人に、身を守る術や被害への対処法を議論してもらった。その模様をレポートする。 企画:新志有裕、赤澤ひろみ、魚住あずさ、園田昌也/文:園田昌也/撮影:乃木章
山崎・秋山・山下法律事務所
青木 美佳氏
MIKA AOKI
69期。第二東京弁護士会。CATV局等のキャスターから弁護士に。フリーアナウンサーとしても活動中。
法律事務所Steadiness
唐澤 貴洋氏
TAKAHIRO KARASAWA
新63期。第一東京弁護士会。誹謗中傷の被害者の代理人になったところ、大量の殺害予告などを受けた。
法律事務所アルシエン
北 周士氏
KANEHITO KITA
旧60期。東京弁護士会。保守派のブログに名指しされ、大量の不当な懲戒請求を受けた。
chapter 01|被害者レポート(基調講演より)
CASE-01 唐澤弁護士の場合
「100万回の殺害予告」を受けた唐澤貴洋氏。 きっかけは、2012年にネット掲示板「2ちゃんねる」で、ある高校生をめぐる書き込みの削除を引き受けたことだった。 弁護士がついたことが分かると、一部の2ちゃんねるユーザーは依頼者だけでなく、唐澤氏も攻撃するように。 被害の度合いは次第に深刻になっていった。
被害実態
掲示板に殺害予告をされるのは日常茶飯事だった。事務所のインターフォンに「殺す」と書かれたり、ポストを汚されたり、鍵穴に接着剤を詰められたりしたこともあった。今でも時々、カッターナイフが送られてくるという。
度を越えたプライバシー侵害も続いた。家族構成を調べられ、勝手に家系図をつくって公開されたり、祖父の墓にスプレーで落書きされたり…。出身校のOB会名簿に住所を載せていたからか、自宅を突き止められ急遽引っ越しを余儀なくされることもあった。
このほかにも名前を使われて、代金引換の商品を注文されたり、より悪質なものになると自治体などに爆破予告を送られたりと、被害は枚挙にいとまがない。
どう対応したか
当時、唐澤氏は独立して事務所を構えたばかり。ネット炎上はまだ類例が少なく、先の見通しも立てづらかった。相談者の悩みを聞く自分自身が大きな悩みを抱えていることも苦しく、不安で眠れない夜を過ごしたという。
「一筋の光明だったのが、同期の弁護士が単位会の業務妨害対策委員会に相談してみればと誘ってくれたことでした。多くの先生方に話を聞いていただき、警察にも同行いただいたことがある。一人じゃないんだと思えたことで、精神を維持できました」(唐澤氏)
加害者の実像
加害者の中には、発信者情報開示によって本人特定できたり、警察に逮捕されたりした人もいた。いったいどんな人物が攻撃をしていたのか。唐澤氏は何人かと対面し、ヒアリングしている。大学時代に法学ではなく社会学などを学んでいたという経歴もあって、事件の全体像を分析したい気持ちが強かったという。
実際に会ってみると、「反応が面白い」「みんながやっているから大丈夫だろう」と罪悪感なく攻撃していた若年層が多かったという。また、多くの加害者が孤独な環境で暮らしていたことも分かった。
事務所の防犯対策
度重なる被害から唐澤氏は防犯に人一倍気を遣っている。現在の事務所は、警察官の巡回が期待できるからと大使館の近くに構えた。オートロックがあることや、出口が2つあることなども決め手になったという。3階にあり、近隣に不審者がいればすぐに分かる。
防犯グッズとしては刺股や金属バットといった武器のほか、催涙スプレーや防犯ブザーなども揃えた。カッターナイフが届くこともあるため防刃手袋もある。火災対策として消火用の道具や脱出用の避難はしごも準備した。出歩くときにはお守り代わりに銃器メーカーがつくった「タクティカルペン」という硬いペンを持ち歩くという。
このほか、相談時から身分証を確認、電話はすべて録音しているという。リスクのある来訪者とは事務所ではなく、金属探知機のある裁判所の中で会う。尾行されるリスクがあるため、外出は基本的に車移動にするなど、何度も恐怖を味わっているだけに、対策には余念がない。
CASE-02 北弁護士の場合
北周士氏のもとに960通の懲戒請求書が届いたのは2018年4月のことだった。発端は日弁連や単位会などによる会長声明。朝鮮学校を高校無償化の対象から外すことに抗議する内容だったため、保守系ブログ「余命三年時事日記」が反発し、読者に会長らの懲戒請求を呼びかけた。
このとき、「ターゲット」の中に労働弁護士として知られる佐々木亮氏の名前もあった。佐々木氏が大量の懲戒請求が届いたことをツイッターで報告したところ、北氏ら複数の弁護士が「ひどい」と応答。その結果、北氏らも佐々木氏の「仲間」とみなされ、ブログで懲戒請求を呼びかけられてしまう。
被害実態
通常の懲戒請求では、答弁書を一定期間内に書き上げ、複製と合わせて計5通用意しなくてはならない。仮に960通について、それぞれ答弁書をつくるとなると大きな負担だ。
ただ、このケースでは内容が同一だったこともあり、答弁書は1種類で良いことになった。とはいえ、荒唐無稽な懲戒請求書を読み、答弁書を書くのは「懲戒はまずない」と確信していても負担感が拭えない。また、懲戒請求の審理が継続している間は弁護士会の移動もできない。
何より発端となった声明と無関係の自分が対象になったことから、歯止めをかけないと、被害が際限なく広がってしまうと感じたという。
どう対応したか
そこで北氏は周囲の弁護士に相談。被害にあった佐々木らと計3人で懲戒請求者らを相手に、慰謝料を求める裁判を起こすことにした。ブログ主が、請求書に記載した住所氏名は弁護士には伝わらないという誤った情報を発信していたため、本人特定の手間はかからなかった。
問題はその数の多さ。仮に960人を一度に訴えると、紙の量は約3トンになるという。また被告が多いと物理的な危険も増す。そこで北氏らは10人を1セットとして訴訟を起こした。
「ブログ主を最初に訴えると、末端の人たちは『私たちは騙された』で終わってしまう可能性がある。我々は『私たちも悪かった』と認識してもらうことが必要だと考えています」(北氏)
現在までに全国の裁判所で200件以上の訴訟を起こしている。かかった実費は原告3人で2000万円超。これに対し、認容額は懲戒請求者1人当たり平均10万円ほどだ。寄付があったため、最終的には赤字にならない見通しだが、労力には見合わないという。
加害者の実像
実際に法廷で見た加害者は「普通の人」だったという。北氏のケースでは加害者は中高年が多く、男女比は6:4程度。控え室で被告の女性たちが夕食の献立を話題にしているのを聞いたこともある。社会的地位が高い人もいれば、年金暮らしという人も。特定の属性に偏っているわけではないようだ。
ただ、そんな「普通の人」たちが、裁判の書面では「陰謀論」のようなことを平気で書いてくる。そのギャップに不安も感じたという。
必要な対策
濫用的な懲戒請求が問題化したことで、弁護士会では懲戒請求時に本人確認をする運用が広がっている。北氏はこのほか、懲戒請求が権利であることに配慮しつつ、請求時に一定の手数料を徴収することも検討すべきと提案。濫用的な懲戒請求について弁護士会なり、互助会なり、集団になって対応していく必要性も訴えた。