「師」の版間の差分

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== オウム真理教での使用 ==
== オウム真理教での使用 ==
オウム真理教では大まかに[[尊師]]、[[正大師]]、[[正悟師]]に次ぐ階級のグループとされ、細かく分けると上位の階級から「師長→師長補→師→師補」の順となる。
オウム真理教では大まかに[[尊師]]、[[正大師]]、[[正悟師]]に次ぐ階級のグループとされ、細かく分けると上位の階級から「師長→師長補→師→師補」の順となる。該当する信者達については[[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/オウム真理教の幹部・信者一覧#師|こちら]]を参照。


麻原[[旧尊師]]の意向で階級制度は何度もコロコロ変わったとも言われるが、大まかな流れは「大師」が廃止され上記のグループになって以降は同一であり、「中間管理職」とも言える正悟師以下の階級が細分化される傾向にあった。これはオウム真理教や他宗教団体に限らず、組織が大きくなれば普遍的に見られる事象である。
麻原[[旧尊師]]の意向で階級制度は何度もコロコロ変わったとも言われるが、大まかな流れは「大師」が廃止され上記のグループになって以降は同一であり、「中間管理職」とも言える正悟師以下の階級が細分化される傾向にあった。これはオウム真理教や他宗教団体に限らず、組織が大きくなれば普遍的に見られる事象である。


いずれにしても、師になると旧尊師によってだいたい{{wpl|ホーリーネーム}}が付与されていた。この下は{{wpl|サマナ (オウム真理教)|サマナ}}という一般の出家信者の階級であるため、師は幹部階級としては最下位と言ってもよい。最下位の階級であるためか、実際のところ幹部とはいえ尊師からは遠い存在であった。
いずれにしても、師になると旧尊師によってだいたい[[ホーリーネーム]]が付与されていた。この下は{{wpl|サマナ (オウム真理教)|サマナ}}という一般の出家信者の階級であるため、師は幹部階級としては最下位と言ってもよい。最下位の階級であるためか、実際のところ幹部とはいえ尊師からは遠い存在であった。


オウム真理教の死刑囚の多くは{{wpl|地下鉄サリン事件}}前の尊師通達で正悟師に昇格された者達であり、[[麻原彰晃]]を除く死刑囚12人のうち、師レベルの階級での死刑囚はガフヴァ・ラティーリヤ師長([[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/オウム真理教の幹部・信者一覧#ガフヴァ・ラティーリヤ師長|端本悟]])1人だけだった<ref>このほか[[正大師]]は絶対的な人数が少なかったこともあってミラレパ正大師([[正大師#ミラレパ正大師|新実智光]])のみ。そのほか死刑囚になっていた可能性が高い人物として、{{wpl|村井秀夫刺殺事件|逮捕前に殺害された}}マンジュシュリー・ミトラ正大師([[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/村井秀夫|村井秀夫]])もいる</ref>。
オウム真理教の死刑囚の多くは{{wpl|地下鉄サリン事件}}前の尊師通達で正悟師に昇格された者達であり、[[麻原彰晃]]を除く死刑囚12人のうち、師レベルの階級での死刑囚はガフヴァ・ラティーリヤ師長([[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/オウム真理教の幹部・信者一覧#ガフヴァ・ラティーリヤ師長|端本悟]])1人だけだった<ref>このほか[[正大師]]は絶対的な人数が少なかったこともあってミラレパ正大師([[正大師#ミラレパ正大師|新実智光]])のみ。そのほか死刑囚になっていた可能性が高い人物として、{{wpl|村井秀夫刺殺事件|逮捕前に殺害された}}マンジュシュリー・ミトラ正大師([[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/村井秀夫|村井秀夫]])もいる</ref>。


その後の{{wpl|Aleph}}において、唯一の[[正大師]]であったマイトレーヤ正大師([[正大師#マイトレーヤ正大師|上祐史浩]])が{{wpl|ひかりの輪}}として分裂し、[[正悟師]]もそのほとんどが教団を去ってしまったため<ref>唯一、ヴァジラチッタ・アティ・アッサージ正悟師([[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/オウム真理教の幹部・信者一覧#ヴァジラチッタ・アティ・アッサージ正悟師|二ノ宮耕一]])が残っており、彼は教団の主導権を握っている</ref>、現在はこの階級の人々が教団の実権を握っているとされている。
その後の[[Aleph]]において、唯一の[[正大師]]であったマイトレーヤ正大師([[正大師#マイトレーヤ正大師|上祐史浩]])が[[ひかりの輪]]として分裂し、[[正悟師]]もそのほとんどが教団を去ってしまったため<ref>唯一、ヴァジラチッタ・アティ・アッサージ正悟師([[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/オウム真理教の幹部・信者一覧#ヴァジラチッタ・アティ・アッサージ正悟師|二ノ宮耕一]])が残っており、彼は教団の主導権を握っている</ref>、現在はこの階級の人々が教団の実権を握っているとされている。
 
なお、師として活動した信者達については[[唐澤貴洋Wiki:チラシの裏/オウム真理教の幹部・信者一覧#師|こちら]]を参照。


== 恒心教での使用 ==
== 恒心教での使用 ==
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なお、[[恒心教]]において、相手を直接呼びかける場合には「[[貴職]]」、一人称としては「[[当職]]」が用いられるため、師は三人称用語となっている。
なお、[[恒心教]]において、相手を直接呼びかける場合には「[[貴職]]」、一人称としては「[[当職]]」が用いられるため、師は三人称用語となっている。


[[非ワ]]における「〇〇さん」、[[なんJ]]における「〇〇ニキ」に相当する用語であると言ってよいだろう。
[[非ワ]]における「〇〇さん」「〇〇氏」、[[なんJ]]における「〇〇ニキ」に相当する用語であると言ってよいだろう。


ただし曲がりなりにも尊称であるため、無能な[[臭芋]]に師が用いられることはなく、呼び捨てで呼ばれるのが大半である。ただし臭芋であっても(犯した罪からは微々たるものであるが)功績を残したりした場合には、その時に限り「〇〇師」が用いられることもある。
ただし曲がりなりにも尊称であるため、無能な[[臭芋]]に師が用いられることはなく、呼び捨てで呼ばれるのが大半である。ただし臭芋であっても(犯した罪からは微々たるものであるが)功績を残したりした場合には、その時に限り「〇〇師」が用いられることもある。


=== 例外 ===
=== 例外 ===
恒心教がオウム真理教と結びつき、文化の移入が開始されたのは2012年ごろであるが、[[福嶋誠也]]<ref>殉教したのは2014年のことで、当時は無能視されていたが、評価が一転したのは2015年のことである。</ref>や[[Altail]]らに対する正大師号授与はオウム真理教との結びつきがより顕著になり、従前のなんJとの乖離が進むようになった2015年ごろの出来事である<ref>同時期に「グナマーナ正大師」を名無しとする[[麻原彰晃掲示板]]が設立され、メイン[[カラケー]]として用いられた。</ref>。
恒心教とオウム真理教の関わり自体は2012年からあったが、当時はなんJの影響が大きかったので使用されていたのは「ニキ」「君」である。2012年ごろになんJを中心に活動していた[[殺害予告]]民ならびに[[悪芋]]に対しては[[dion君]]・[[島根君]]・[[沖縄君]]・[[大分君]]といったように「○○君」の形で君付けがなされていた。これらの者については現在でも「師」称号が用いられることはなく、例外的に君付けによる呼称がなされている。
 
同様に「師」称号の定着時期も2015年以降と考えられ、2012年ごろになんJを中心に活動していた[[殺害予告]]民ならびに[[悪芋]]に対しては[[dion君]]・[[島根君]]・[[沖縄君]]・[[大分君]]といったように「○○君」の形で君付けがなされていた。


これらの者については現在でも「師」称号が用いられることはなく、例外的に君付けによる呼称がなされている。
2014年に「グナマーナ正大師」を名無しとする[[麻原彰晃掲示板]]が設立され、メイン[[カラケー]]として用いられた。2015年に[[福嶋誠也]]<ref>殉教したのは2014年のことで、当時は無能視されていたが、評価が一転したのは2015年のことである。</ref>や[[Altail]]らに対する正大師号が定着したことから、オウム真理教との結びつきがより顕著になり、同時期に従前のなんJとの乖離も進むようになったため「ニキ」「君」が減っていった。なおこの時期は「正大師」が中心であり「師」の敬称の定着は後とみられる。


== その他での使用 ==
== その他での使用 ==
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