マヨケーがポアされたため、現在はロシケーがメインとなっています。

「インフレーシヨンと物價對策」の版間の差分

提供:唐澤貴洋Wiki
ナビゲーションに移動 検索に移動
*>विंड लोग
編集の要約なし
編集の要約なし
98行目: 98行目:


 品 質 說
 品 質 說
この說によれば、貨幣の流通に對して抱く世人の信任の變化、換言すれば貨幣の品質に對する判斷が貨幣價値に極めて重大なる影響を及ぼす
この說によれば、貨幣の流通に對して抱く世人の信任の變化、換言すれば貨幣の品質に對する判斷が貨幣價値に極めて重大なる影響を及ぼす、と云ふのである。
而して、貨幣の流通に對する信任の動揺は、貨幣の流通速度を增大させて商品の側に於ては賣り惜み、と云ふ現象が現はれ、この兩者が相俟つて貨幣の價値を異常に低下させるから、
貨幣價値決定上、その數量のみでなく、信任の要素即ち(即:旧字体)品質も亦重要なる役割をなすと云ふのである。
 乍然、この説(説:旧字体)に云ふ商品販賣者が賣惜むのは、將來貨幣が增發されて、流通貨幣量が增加し、その結果貨幣價値が低下するだらうと云ふ豫測だからであり、
貨幣の流通速度の增大が貨幣價値に影響(響:旧字体)するのはそれが流通貨幣積數を增加させるからであり、この説(旧字体)は結局數量説(説:旧字体)の否定ではなくして、
數量説(説:旧字体)を前提として始めて説明可能(説:旧字体)なのである
 
 商 品 説(説:旧字体)
 この説(旧字体)によれば、貨幣の價値はそれを構成する材料の商品價値によつて決定されるとなすのである。
乍然、貨幣は商品に非ずして其の價値とは全く獨立なる經濟手段である。故に地金の價値と貨幣の價値との關係について商品説(旧字体)の唱へる所は正鵠を失するものである。
即ち(旧字体)鑄貨等の如く商品に還元し得る貨幣については一應適用するものであるが、實際價値以上の大なる通用力を有する補助貨幣に於ては適合し難いものであり、更
 
一八三
一八四
 
に不換紙幣の如く商品還元の無意味なる貨幣については全く適合し得ぬものである。
 
 主 觀 價 値 説(説:旧字体)
 貨幣が使用價値の獨立性を認めて、貨幣の交換價値については第一次的交換價値と第二次的の交換價値とを認めるのである。而して前者を内部交換價値とし、
後者を外部交換價値として、この内部交換價値の變動の原因をなす所の貨幣の價値であるとするのである。
即ち(旧字体)貨幣の價値は、貨幣に對する主觀價値説(説:旧字体)を通じて決定されると見る所の學説(説:旧字体)である。
 この説(旧字体)も結局貨幣品質説(説:旧字体)と同様に數量説(説:旧字体)を基本としてのみ説明可能(説:旧字体)であり數量説(説:旧字体)に對立する學説(説:旧字体)ではない。
 
 職 分 説(説:旧字体)
 職分説(説:旧字体)は需給説(説:旧字体)は、貨幣に對する慾求である。供給とは、貨幣によつて商品、勞力を得んとする慾求である。
故に前の慾求が強ければ(旧字体)物價は低落し、後の慾求が強ければ(旧字体)物價は謄貴するとなすのである。
 固より貨幣の價値を現實に決定するものは需要、供給の關係であるが、この場合の供給こそ貨幣數量説(説:旧字体)に云ふ所の他の事情(情:月→円)にして同一なれば供給數量によるとの説(旧字体)に外ならぬのである。
其の如く、從來貨幣數量説(説:旧字体)に對しては幾多の論あるに不拘、數量説(説:旧字体)が依然として貨幣經濟社會(社:旧字体)に於ける貨幣現象を説明(説:旧字体)する最基本的な理論たる所以は、
數量説(説:旧字体)を他にしては貨幣現象を説明(説:旧字体)することは不可能であり、又數量説(説:旧字体)に對立する所の第二の貨幣理論の無い爲である。
 
□ 貨幣價値の表現
 然らば貨幣価値は何によつて表現されるかに就いては、一般物價指數の逆數によつて貨幣価値の正當なる表現と見るものである。
即ち(旧字体)貨幣の價値を其の交換價値と解釋する時は、この交換價値即ち(旧字体)購賣力は、諸種の財貨を取得し、又は勞務を享受する場合に實現し、交換比例に於て數字的なる表現を見るものである。
故に、例へば米一俵十八圓なりと云ふのは、米と貨幣との交換比例である。
この場合、貨幣十八圓の交換價値は米一俵で表現せられ、又逆に、米の價値は米と對立して交換される貨幣の量、即ち(旧字体)十八圓なる價格に表現されるべきものである。
即ち(旧字体)價格なるものは、財貨にのみ存するのではなく、貨幣の方面から見れば同じく其の交換價値を示すものである。
故にこの場合の貨幣の價値は、其一定量が交換により支配する米の量に依つて表現されると共に、一定量の米に對して提供される貨幣の量、即ち(旧字体)米の價格の逆數に依つても表現される事になる。
 貨幣と交換される價値物の種類は極めて多き故に、その財貨及び勞務の諸價格總合平均位を求めた所謂 一般物價指數の逆數によつて貨幣價値を表現するとなすのである。
 然るに職能價格説(説:旧字体)の論者は諸物價の平均的中心的な變化其のものを否定し、引いては諸物價の中心的な地位と規定された物價水準や一般貨幣價値の思想を無用なりとなすものである。
通貨の事情(情:月→円)によつて諸商品價格の影響(響:旧字体)されることは是認するが、この關係ではないと云のである。
 乍然、貨幣の購買力が物價水準によつて表現されると云ふのは、貨幣の購買力其のものヽ性質から見て固よりさうならなければならぬのであつて、決して現實的な諸物價の變動があるといふのではない。然る
 
一八五
一八六


(中断)
(中断)

2015年7月13日 (月) 00:03時点における版

インフレーシヨンと物價對策(いんふれーしょんとぶっかたいさく)は、商科二年の河野喜代が、『明治大学女子部創立十周年記念論文集 : 皇紀二千六百年』に寄稿した論文である。

概要

全文


インフレーシヨンと物價對策
商科二年 柳下 きよ

目次
序

一、インフレーシヨンの意義
數量說による貨幣價値の決定
貨幣價値決定に關する諸學說
インフレーションの意義

二、インフレーシヨンの顯現形態
貨幣インフレーシヨン
信用インフレーシヨン
現今に於ける我が國戰時經濟とインフレーシヨン

三、インフレーシヨンの影響

四、インフレーシヨンと物價對策


序

 現今の我國民經濟生活にとつて、インフレーシヨンの問題が如何に重要であるかは、此處に云ふ迄もない事である。
インフレーシヨンの進行は、我が國民經濟に於ける生産諸力に影響し、戰時體制の基礎を破壊するのであるから、
我々は凡る努力と犠牲とによりインフレーシヨンの防止に當らなければならない。
 然るに、戰争と貨幣價値維持とは常に相容れない問題で、從来の例にも見る如く、其の程度の差こそあれ、戰争に

一七九
一八〇

は必ずインフレーシヨンはつきものである。而して、近代的戰勝の意味は、單に局部的領土の占領を指すのではなく、敵国の國家機構を破壞して、
國家としての生存を不可能ならしめるにあるから、國家機能の最も根本的なる經濟體制は最も強力に組み立てられ、其の機能は、保全されねばならないのである。
而して、經濟機構の根本的な基礎をなすものは、貨幣價値である。
故に貨幣價値の下落によって有らゆる經濟機構が破綻を生ずれば、最早や國家としての存續は不可能となり、戰果は旣に明かな所である。
如斯貨幣價値の維持、換言すればインフレーシヨンの防止は、戰時經濟政策の重要なる課題であり、
叉凡る戰時經濟政策がこの一點に向つて集中されてゐる事は、此處に論ずる迄もない事である。
 而して、私はこの小論に於て、インフレーシヨンの意義を明らかにし、次にインフレーシヨンが如何なる形體に於て顯現するかを把握し、
次でインフレーシヨンの影響を考察して、最後にインフレーシヨンの對策を究明すんと意圖するものである。

一、インフレーシヨンの意義

□ 數量說による貨幣價値の決定
 インフレーシヨンと云ふ言葉は、極めて一般的に使用されてゐるにも拘らず、其の内容の規定は極めて區々である。
例へば、橋爪明男敎授は、インフレーシヨンの意義を「その語義は獨の Aufblahuug(u:ウー・ウムラウト) に該當し、吾國に移せば通貨膨張とするが最も適當であろう。…………」(1) とせられ、
荒木光太郞敎授は、「最も一般的にはインフレーシヨンとは、貨幣の供給量がそれに對する需要量を超過し、その結果一般物價謄貴を惹起する様な場合を言ふのである。」となされ(2)、
叉「インフレーシヨンとは、流通に必要なる數量以上に貨幣並に信用が流通界に投入せらるる結果貨幣價値が減少し、物價が謄貴する現象である」と云ふ。
 斯くの如くインフレーシヨンの規定は區々であるが、其れが貨幣價値の下落に關する事であり、其の原因を貨幣數量の增加に求める傾向にあり、
然も量と共に其の流通速度にも變化ある事及び結果的にも必ず物價謄貴ある事が一般に認識せられてゐる所である。
かヽる一般の通說に從つて、インフレーシヨンを貨幣價値の下落であるとするならば貨幣價値は何を基準に下落と云ひ、或は謄貴と云ふか、先ず貨幣價値の決定からしてかヽらねばならぬ。
 而して、貨幣價値に當つては、根本原因として、アーヴイング・フイツシヤー氏の數量說によるを今日の通說にして同時に叉、適當なるもと考へるのであるが、
フイツシヤー氏の數量說に更に修正要素を加へられた春日井先生は次の如く說かれておる。
 「一財貨の交換價値は其の財貨の効用性と稀少性によつて生じ、其の高は同様にして生ぜる他の財貨の價値との比例に外ならない。
然らば貨幣の交換價値も同様に貨幣對一般財貨の間に於ける効用及稀少性の比率關係によると解すべきである。之を他面より考察するに貨幣は本來流通財貨と對立關係にあるのは、
之等に用ひられたる貨幣額を除外したる部分である。更に今日の社會にては小切手等の信用要具が交換等に於ける財貨と對立し、且つ屡々物々交換も行はれ、(屡:表外漢字)
流通を本性とする商品以外の財産たる資本も貨幣と交換されて對立關係となる。かくして除外例を附したる貨幣對財貨の關係は、平等對立關係にして一定の

一八一
一八二

時、所に於ける前者の全額と後者の全額とは全く等價となるべきである。然るに流通財貨の一定の時に於ける量は事實上判定不可能である。故に一定時日間を通じてなさるヽ財貨の流通量を選び、
之を同一時日間に全貨幣の流通せる回數を貨幣に乗じたるものと對立せしむべき事となる。」(3)
 となされ、フイワシヤーの所謂交換方程式TP=MV+M'V'を修正されて、全貨幣活動額よりは一方的價値流通として活動せる量を除かれ、全流通財貨よりは、相殺取引、物々交換高を除外され、
資本財流通高除外を附加されて次の如くなされたのである。

P = (MV+M'V'-m) / (T+C-2B) ∴ (1/P) = (T+C-2B) / (MV+M'V'-m)

P = 一般物價
B = 物々交換及相殺取引高
V = 貨幣流通速度
V'= 信用の流通速度
m = 一方的支拂に用ひられたる貨幣高(4)
T || 商品流通高
M = 貨幣高
M'= 信用(貨幣代用物の高)
C = 資本財流通高
1/P = 貨幣價値

 貨幣價値は斯の如く除外例を附したる財貨對貨幣の對立關係の比率に求むべきであつて私も亦、春日井敎授の說に追從するものである。

(1)橋爪明男著「貨幣理論」
(2)荒木光太郞著「貨幣概論」(概:異體字)
(3)春日井先生著「貨幣及金融原理」九九頁參照。
(4)春日井先生著 前掲書一〇四頁參照。

□ 貨幣價値決定に對する諸學說(數量說反對說としての)

 品 質 說
この說によれば、貨幣の流通に對して抱く世人の信任の變化、換言すれば貨幣の品質に對する判斷が貨幣價値に極めて重大なる影響を及ぼす、と云ふのである。
而して、貨幣の流通に對する信任の動揺は、貨幣の流通速度を增大させて商品の側に於ては賣り惜み、と云ふ現象が現はれ、この兩者が相俟つて貨幣の價値を異常に低下させるから、
貨幣價値決定上、その數量のみでなく、信任の要素即ち(即:旧字体)品質も亦重要なる役割をなすと云ふのである。
 乍然、この説(説:旧字体)に云ふ商品販賣者が賣惜むのは、將來貨幣が增發されて、流通貨幣量が增加し、その結果貨幣價値が低下するだらうと云ふ豫測だからであり、
貨幣の流通速度の增大が貨幣價値に影響(響:旧字体)するのはそれが流通貨幣積數を增加させるからであり、この説(旧字体)は結局數量説(説:旧字体)の否定ではなくして、
數量説(説:旧字体)を前提として始めて説明可能(説:旧字体)なのである

 商 品 説(説:旧字体)
 この説(旧字体)によれば、貨幣の價値はそれを構成する材料の商品價値によつて決定されるとなすのである。
乍然、貨幣は商品に非ずして其の價値とは全く獨立なる經濟手段である。故に地金の價値と貨幣の價値との關係について商品説(旧字体)の唱へる所は正鵠を失するものである。
即ち(旧字体)鑄貨等の如く商品に還元し得る貨幣については一應適用するものであるが、實際價値以上の大なる通用力を有する補助貨幣に於ては適合し難いものであり、更

一八三
一八四

に不換紙幣の如く商品還元の無意味なる貨幣については全く適合し得ぬものである。

 主 觀 價 値 説(説:旧字体)
 貨幣が使用價値の獨立性を認めて、貨幣の交換價値については第一次的交換價値と第二次的の交換價値とを認めるのである。而して前者を内部交換價値とし、
後者を外部交換價値として、この内部交換價値の變動の原因をなす所の貨幣の價値であるとするのである。
即ち(旧字体)貨幣の價値は、貨幣に對する主觀價値説(説:旧字体)を通じて決定されると見る所の學説(説:旧字体)である。
 この説(旧字体)も結局貨幣品質説(説:旧字体)と同様に數量説(説:旧字体)を基本としてのみ説明可能(説:旧字体)であり數量説(説:旧字体)に對立する學説(説:旧字体)ではない。

 職 分 説(説:旧字体)
 職分説(説:旧字体)は需給説(説:旧字体)は、貨幣に對する慾求である。供給とは、貨幣によつて商品、勞力を得んとする慾求である。
故に前の慾求が強ければ(旧字体)物價は低落し、後の慾求が強ければ(旧字体)物價は謄貴するとなすのである。
 固より貨幣の價値を現實に決定するものは需要、供給の關係であるが、この場合の供給こそ貨幣數量説(説:旧字体)に云ふ所の他の事情(情:月→円)にして同一なれば供給數量によるとの説(旧字体)に外ならぬのである。
其の如く、從來貨幣數量説(説:旧字体)に對しては幾多の論あるに不拘、數量説(説:旧字体)が依然として貨幣經濟社會(社:旧字体)に於ける貨幣現象を説明(説:旧字体)する最基本的な理論たる所以は、
數量説(説:旧字体)を他にしては貨幣現象を説明(説:旧字体)することは不可能であり、又數量説(説:旧字体)に對立する所の第二の貨幣理論の無い爲である。

□ 貨幣價値の表現
 然らば貨幣価値は何によつて表現されるかに就いては、一般物價指數の逆數によつて貨幣価値の正當なる表現と見るものである。
即ち(旧字体)貨幣の價値を其の交換價値と解釋する時は、この交換價値即ち(旧字体)購賣力は、諸種の財貨を取得し、又は勞務を享受する場合に實現し、交換比例に於て數字的なる表現を見るものである。
故に、例へば米一俵十八圓なりと云ふのは、米と貨幣との交換比例である。
この場合、貨幣十八圓の交換價値は米一俵で表現せられ、又逆に、米の價値は米と對立して交換される貨幣の量、即ち(旧字体)十八圓なる價格に表現されるべきものである。
即ち(旧字体)價格なるものは、財貨にのみ存するのではなく、貨幣の方面から見れば同じく其の交換價値を示すものである。
故にこの場合の貨幣の價値は、其一定量が交換により支配する米の量に依つて表現されると共に、一定量の米に對して提供される貨幣の量、即ち(旧字体)米の價格の逆數に依つても表現される事になる。
 貨幣と交換される價値物の種類は極めて多き故に、その財貨及び勞務の諸價格總合平均位を求めた所謂 一般物價指數の逆數によつて貨幣價値を表現するとなすのである。
 然るに職能價格説(説:旧字体)の論者は諸物價の平均的中心的な變化其のものを否定し、引いては諸物價の中心的な地位と規定された物價水準や一般貨幣價値の思想を無用なりとなすものである。
通貨の事情(情:月→円)によつて諸商品價格の影響(響:旧字体)されることは是認するが、この關係ではないと云のである。
 乍然、貨幣の購買力が物價水準によつて表現されると云ふのは、貨幣の購買力其のものヽ性質から見て固よりさうならなければならぬのであつて、決して現實的な諸物價の變動があるといふのではない。然る

一八五
一八六	

(中断)

脚注


関連項目