「報徳銀行」の版間の差分

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|名称=報徳銀行
|名称=株式会社報徳銀行
|別名=株式会社報徳銀行(正式名称)<br>東京秋葉銀行(前身)
|別名=東京秋葉銀行(旧名)
|分類=銀行
|分類=銀行
|代表者=伴小四郎、児島八二郎、木村授弥太など
|代表者=伴小四郎、児島八二郎、木村授弥太など
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* [[河野唯一]] - 取締役
* [[河野唯一]] - 取締役
* [[河野光次]] - 整理担当者
* [[河野光次]] - 整理担当者
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'''報徳銀行'''(ほうとくぎんこう)は、かつて存在した日本の銀行である。尊師の曾祖伯父[[河野唯一]]が取締役を務め、[[河野光次]]も所属していた。
== 概要 ==
元は埼玉の運送業者たちにより起業された銀行であり、東京秋葉銀行を称していたが経営難に陥り、中心人物の飯野喜四郎は辞職した。


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'''報徳銀行'''(ほうとくぎんこう)は、かつて存在した日本の銀行である。尊師の曾祖伯父[[河野唯一]]が取締役を務め、[[河野光次]]も所属していた。<br>
元は埼玉の運送業者たちにより起業された銀行であり、東京秋葉銀行を称していたが経営難に陥り、中心人物の飯野喜四郎は辞職した。<br>
これ以後に木村授弥太や河野兄弟が関与したとみられる。明治42年7月に株主総会で報徳銀行と改名が決定した。
これ以後に木村授弥太や河野兄弟が関与したとみられる。明治42年7月に株主総会で報徳銀行と改名が決定した。
== 沿革 ==
* 1898(明治31)年3月29日: 東京にて株式会社東京秋葉銀行設立<ref name="全銀協DB">[https://www.zenginkyo.or.jp/library/hensen/ 一般社団法人全国銀行協会 銀行変遷史データベース]</ref>。
* 1909(明治42)年7月5日: 株式会社報徳銀行に改称<ref name="全銀協DB" />。
* 1924(大正13)年8月6日: 株式会社東京報徳銀行と合併し、両行の後継として株式会社東明銀行を新設(先立って4月30日には合併が認可されていた)<ref name="全銀協DB" />。
* 1929(昭和4)年4月24日: 東明銀行、解散決議<ref name="全銀協DB" />。
* 1929(昭和4)年7月21日: 解散認可<ref name="全銀協DB" />。
* 1929(昭和4)年12月23日: 破産宣告<ref name="全銀協DB" />。
== 脚注 ==
<references />
== 関連項目 ==


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[[カテゴリ:会社・団体]]
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[[カテゴリ:事件]]
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