「齋藤香村」の版間の差分

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|生年=1882
|生年=1882
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|生年2=<!-- 月日などの生年に関する補足情報。 -->
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|年齢=72
|命日=1954年6月
|命日=1954年6月
|性別=男性
|性別=男性
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|才能=有能
|才能=有能
|特定経緯=<!-- その者が特定された経緯。 -->
|特定経緯=<!-- その者が特定された経緯。 -->
|関連性=<!-- ハセカラ騒動との関連性。 -->
|関連性=[[うしじまいい肉]]の曾祖父
|職業=能楽研究家・俳人
|職業=能楽研究家・俳人
|所属=<!-- その者が所属している学校、団体、会社。 -->
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'''齋藤香村'''(さいとうこうそん、Saito Kouson、1882年 - 1954年)、本名:'''齋藤芳之助'''(さいとうよしのすけ、Saito Yoshinosuke)とは、[[うしじまいい肉]]の曽祖父である。能研究家であり、俳人。
'''齋藤香村'''(さいとうこうそん、Saito Kouson、1882年 - 1954年6月)、本名:'''齋藤芳之助'''(さいとうよしのすけ、Saito Yoshinosuke)とは、[[うしじまいい肉]]の曽祖父である。能研究家であり、俳人。


== 経歴 ==
== 経歴 ==
*明治15年山形県鶴岡市に誕生
*明治15年、山形県鶴岡市に誕生
*明治34年19歳で俳句結社「ホトトギス」の高浜虚子に師事する
*明治34年、19歳で俳句結社「{{wpl|ホトトギス (雑誌)|ホトトギス}}」の{{wpl|高浜虚子}}に師事する
*明治35年に上京し、新聞社に入社して能楽記事、能楽評論、歌舞伎など演芸記事を担当
*明治35年、上京し新聞社に入社して能楽記事、能楽評論、歌舞伎など演芸記事を担当
*明治42年「能楽画報」を創刊し、能や謡の研究だけでなく素人向けに謡い方舞い方などの記事を掲載。「能楽画報」は昭和16年に終刊
*明治42年、「能楽画報」を創刊し、能や謡の研究だけでなく素人向けに謡い方舞い方などの記事を掲載。「能楽画報」は昭和16年に終刊
*昭和16年、新作能「二宮」を発表、小田原市の報徳二宮神社で上演
*昭和16年、新作能「二宮」を発表、小田原市の報徳二宮神社で上演
*昭和20年、二度の戦災に遭い東京から、神奈川県中郡二宮町上町に転居
*昭和20年、二度の戦災に遭い東京から、神奈川県中郡二宮町上町に転居
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*昭和27年、新作能「龍の口」を発表、東京水道橋能楽堂で上演
*昭和27年、新作能「龍の口」を発表、東京水道橋能楽堂で上演
*昭和28年、小田原市万年町に転居
*昭和28年、小田原市万年町に転居
*昭和29年、腎臓病により永眠(享年72)鎌倉市妙本寺に納骨
*昭和29年6月、腎臓病により永眠(72歳没)。鎌倉市妙本寺に納骨


== 親交 ==
== 親交 ==
*高浜虚子や、新聞社時代の交友関係から、自宅を拠点として句会「春夏秋冬」を主宰し、作家山川方夫の曽父、玄治郎と家が近所であったことから、電話を取り次ぐ程度の交流がある。
*高浜虚子や、新聞社時代の交友関係から、自宅を拠点として句会「春夏秋冬」を主宰し、作家{{wpl|山川方夫}}の曽父、玄治郎と家が近所であったことから、電話を取り次ぐ程度の交流がある。
*市川三升(十代目市川団十郎)も句会に参加し、三升が病気の際には、齋藤家からお見舞いをだしている。
*市川三升({{wpl|十代目市川団十郎}})も句会に参加し、三升が病気の際には、齋藤家からお見舞いをだしている。
*高浜虚子は香村の訃報を聞き、雑誌「ホトトギス」に寄せた「虚子消息」の中で「明治三十五六年頃からの知己でありまして、古く吾等仲間の句に遊んで居りましたが、中頃能楽の方の仕事に携わり、晩年また熱心に句作をして居りました」と哀悼の意を表している。
*高浜虚子は香村の訃報を聞き、雑誌「ホトトギス」に寄せた「虚子消息」の中で「明治三十五六年頃からの知己でありまして、古く吾等仲間の句に遊んで居りましたが、中頃能楽の方の仕事に携わり、晩年また熱心に句作をして居りました」と哀悼の意を表している。
*永井荷風の日記「断腸亭日乗」で「八月廿三日。晴。秋暑熾なり。能楽之友編輯者齋藤芳之助氏書を寄す。直に返書を裁す。」「八月廿五日。晴。残暑堪難し。午後能楽編輯者齋藤?氏来訪。銀座食堂に飰す。」とある。
*永井荷風の日記「{{wpl|断腸亭日乗}}」で「八月廿三日。晴。秋暑熾なり。能楽之友編輯者齋藤芳之助氏書を寄す。直に返書を裁す。」「八月廿五日。晴。残暑堪難し。午後能楽編輯者齋藤?氏来訪。銀座食堂に飰す。」とある。


== 参考資料 ==
== 参考資料 ==
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[[カテゴリ:人物]]
[[カテゴリ:人物]]
[[カテゴリ:うしじまいい肉]]
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