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2021年5月10日 (月) 21:33時点における版

本文

読者諸氏へ

女はその外見を小奇麗に化粧し、自分たちは男のような汚い獣とは違うのだと言わんばかりの顔をして歩いておる。
しかし、その実、女というもののほうがより獣であったりするのだ。
男は金と地位とを求め、これは歳をとるにつれて増大していく。
ところが女が求めるのは美であり、悲しい哉、これは皺が一本また一本と
体中の皮膚に刻印されていくにしたがって自然と減衰していくのだ。
ここに女の獣的本性が発露される。
美のために発狂をし、いかなる手段を用いてでもその美を保ち、
のみならずより美しくあらんとする女もいる。
生来その彼女が美しければこの試みもうまくゆくであろう。
ところが、眉目醜悪なる怪女がこれをなさんとしても、行き着く先は破滅でしかない。
西洋から伝来した写真術を駆使し、なんとか写真の上では美しくいようとする程度であればまだよい。
古今東西を問わず、人間の世界には醜く落ちぶれた女が処女の生血を吸い、美しさを取り戻そうとする伝説がある。
彼女たちは自らの美のために、その理性を失い、獣道に落ちてゆくのである。
今回描くのは、やはり己の醜さのために発狂をした女である。
そしてこの女も、伝説上の数多の女達と同じように美を血に求めてゆく。
女というものはまったく何をするかわからぬ。
一日前までは友人のような顔をしていても、ひょいと気づいてみれば、
その友人の首と手首とを鋸で切り落とし、腹を開いてみるといったことも平気な顔でするのだ。
これは男には真似できない。
なんとなれば男というのは元来臆病な存在であり、日頃は出来る限りにうんと虚勢を張っているだけであるからだ。
奇怪にして奇天烈な、女の美への執念をとくとその目に焼き付けるがよい。
そしてその執念の哀れな餌食になるのは、決まって男なのである。

―江戸川珍歩

定刻になり残っている仕事もないので、森氏は同僚に挨拶をしてから銀座のオフィスをでた。
近くに出来たビヤガアデンという場所に行き、そこで一杯引っ掛け楽しもうじゃないか、
なんでも欧米ではそういうところで女と遊ぶらしいぞなどという彼らの誘いを断り、
森氏は帰宅の途についた。
なにも彼は無愛想であったり人付き合いが悪いというたちであるわけではない。
なんとなくこの日はまっすぐ家へと帰り、ゆっくりしようという考えに行き着いただけなのだ。
であるから、森氏の同輩も、彼が誘いを断ったことに不快になることもなく
それじゃあまた機会があったらいこうじゃないかと笑って返した。
彼の家は渋谷の近くにあるので、銀座からは地下鉄で渋谷まで行き、そこから路面電車に乗ればよかった。
ところが森氏はボーッとしていたのか降りるべき停留所で降りそこねてしまった。
それどころか、その先もいくつも停留所をのがしてしまったのだ。
こうなったら仕方がない。
次の停留所で降りると、まあ数駅程度だから軽い運動になるだろうという気持ちで家のある方向へ歩き始める。
このあたりは最近人が住み始め、民家が並び始めたのだが、それでもまだどこか寂しい感じである。
畑があちらこちらに見え、その中に家がポツンポツンと不均等に並んでいる。
さて俺の家はどっちの方にゆけばいいんだ、とすこし新鮮な気持ちで適当に道を選んで歩いていた。
なあに道に迷ったって死にはしないさ、それに今日は早くあがったんだ、時間はたっぷりあるから
この偶然に得た気分転換の逍遥の機会を活用しようじゃないかという心持ちで歩いていたのだ。
日はもう暮れていたが、幸いにして満月の夜であったので、灯りがなくてもあるいてゆける。
ふと気が付くと、森氏はこうやって歩いている間、自分がずうっとおんなじような壁を眺めていることに気がつく。
いや、それは壁ではなく塀であるということにもすぐ気がついた。
これほど塀が長く続いてゆくのだからさぞかし立派な屋敷に違いない。
ぜひとも見てみたいと考えたが屋敷自体は塀に阻まれてみることがかなわない。
しかしそこは今日は時間がある森氏である。半ば意地になり、正門からこの屋敷を見てやろうと決心した。
塀に伝って歩いてゆけば、必ず正門にはたどり着ける。
今日は路面電車を降り遅れたお陰で予期せず面白い散歩になったぞ。
そんなことを考えながら、森氏は塀にそって歩いてゆくのであった。

塀につたって歩いていくとやがて門扉に行き着いた。
鉄の重厚そうな扉であり、扉の間からは屋敷がみえる。
華族たちが集ってダンスパーティーをしていると言われても納得するほどの立派な屋敷である。
森氏は、自分の住んでいるところからそう遠くない場所にこのような立派な屋敷が存在していたことに驚きしばらくぼうっと眺めていた。
そうするうちに森氏はその辺りに何とも言えないいい香りがすることに気がつく。
いい香りは森氏の食欲を存分に刺激した。
この香りはどうやら屋敷の方からするようである。
まだ仕事終わり、飯を食べてはいなかった森氏は、どうしてもいてもたってもいられなくなり
その香りにつられ思わず門扉を開けようと手をかけた。
今思えばこれは幸いであったのだが、門は閉ざされ開くことはなかった。
森氏は我に返り、自分は一体なにを分別を失っているのだと思い恥ずかしくなった。
しかしそれほどに、その香りは魅力的であったのだ。
この日はとりあえず、その屋敷を去ったのだが、あの香りの正体がなんであったのかどうしても知りたくてたまらなくなった。
翌日、会社に行き同僚の一人にこの話を森氏がしたところ、彼は大いに興味を持った。
この同僚は岩村と言うのだが、このようなよくわからぬことに首を突っ込んでしまいたくなる性分であったのだ。
「やあ森、君のいうその屋敷に行ってみようじゃないか。
いいにおいがするということは旨い料理があるということだろ。
もしかしたらその屋敷っていうのは西洋料理屋なのかもしれん。
そうだったらそこで飯をくおうではないか」
岩村のこの言葉に誘われて、森は屋敷に再びいくことにしたのだが、
ここから人のおぞましさや奇怪さをとくと味わうことになる恐ろしい事件が始まるのである。

森は岩村を連れ、かの屋敷の建っているところまで連れて行った
「ほお、立派な屋敷じゃないか。
これじゃ住んでいる奴はよっぽどの金持ちだろうね」
岩村はそんなことを言いながら門扉の前からその屋敷を見ていたのだが
不意にこのようなことを提案した。
「せっかく来たのだから入ってみよう」
これには森もいささか驚きを覚え、岩村をたしなめる。
森も入ってみようと一度は思ったのだから、岩村にとやかくいう道理はないかもしれないが
しかし実際に入るとなると問題があるだろうと考えたのであった。
ところが岩村は森の言葉には耳を貸さず門を掴んでガチャガチャと動かし始めたではないか。
「おい岩村、それはまずいよ。勝手に入ってしまったら犯罪になるだろう」
「構うものか。これだけいいにおいをしている方が悪いのだろう」
岩村は門がどうやら開かないようだと知ると、あたりの塀を物色し始める。
森は、いけないことだとは思いながらもどうしても気になる気持ちに抗うことができず、
そんな岩村を制止することもなくぼうっと眺めていた。
果たして岩村は塀の一部に人一人が何とかして入り込むことのできそうな隙間を見つけた。
「おい森、見たまえ。ここに隙間があるぞ。ここから入ってみようじゃないか」
「何を言っているんだ。これで入ったら我々は完全な犯罪者になってしまう。
不法侵入だのそんな名前の罪になってお縄だよ」
「しかしだよ君。このにおいの正体を確かめることなく帰って良いのかい?
見つかったら迷ったとでも言えばいいさ」
森はこの岩村の言葉に負け、ついにその屋敷の庭へと入る決心をした。
この時はまだ、せいぜい住人に見つかっても怒られる程度にしかならぬだろうと高を括っていたのだ。

二人は塀の割れ目から中へと忍び込みあたりを見渡してみる。
大きい屋敷の割には庭の草木は手入れをされていないようである。
「ここには人は住んでいないのかしらん」
森がそんな疑問をふとつぶやくと岩村が応える。
「だったらこのにおいはなんだというのだ。
まさか自然物を放っておいてこんないいにおいがするわけじゃあないだろ」
「うむ確かにそうだ」
そして森はふと屋敷の一室に灯がちらちらと蠢いていることに気がつく。
「岩村、見たまえ。あそこに光が見えるぞ」
森が指差すと岩村もそちらの方を見て、声を上げる。
「あっ、本当だ。あちらに行ってみよう」
そういうと岩村は森が止める間もなく、屋敷の角に当たる一室、灯のちらつく部屋へ近づいてゆく。
どうやら窓からこっそりと中を覗く算段であるらしい。
森は流石にその後をついて屋敷に近づく勇気はなかった。
灯が付いているということは中に人がいるということであり見つかるかもしれぬのだ。
そもそもあの部屋にこのにおいの正体があるとも限らぬ。
そんな考えが森に躊躇の念を起こさせたのであった。
一方、岩村は身を少しかがめつつ小走りで窓に近づく。
窓の中をゆっくりと、かつこっそりと覗くようにしたときであった。
その窓がいきなり開いたのである。
森は思わずあっという吃驚の声をあげ近くに立つ木に身を隠した。
しかし岩村は間に合わない。ついに住人に見つかったのである。
岩村は身をのけぞるようにして窓から離れるようとする。しかし、なんと窓から中の住人が身を乗り出しそんな岩村の体を両腕で掴んだ。
岩村はじたばたと抵抗し何事かを叫ぶが、住人に引っ張られ、ああ、部屋の中へと引きずり込まれてしまった。
窓はぴしりと閉じられ灯は消えた。
森はこの光景にあっけにとられ岩村を助けに行くこともできなかった。
窓が開き中の住人が岩村を引きずり込んだという光景も恐ろしかったのだが、
何よりも恐ろしかったのはその住人の見た目である。
森は初めはその住人が全身に包帯を巻いているのかと思った。なぜならば、その人物が頭から真っ白であったからである。
しかし次第にそれは違うということがわかった。
模様がうようよと蠢いていたのだ!
包帯ではない!なぜならば包帯は蠢くことはない!
あれは、ああなんと恐ろしいことに、蛆である!蛆が蠢いていたのだ!
住人は蛆を全身に纏っていたのだ! そして、森の友人岩村を部屋の中へと呑み込んだのである!
この怪奇の現象に森は身が震え、何もできず立ち尽くす事しかできなかった。

岩村がその奇怪なる蛆を纏った住人に引きずり込まれて後、森はしばらくは呆然とすることしかできなかった。
どれくらい時間が経ったか分からないが、森は次第に意識を取り戻し、
とにかくとてもつもないことが目の前で起こったことに改めて思いが向く。
助けに行くべきだろうかと逡巡したが、あのような怪人の住む場所に近づく勇気を、森はどうしても振り絞ることはできなかった。
自分の無力さを深く恥じながらも、とりあえずはその場を離れることにする。
もしも、うかつに近づけば自らもまた岩村のようにあの屋敷に引きずり込まれる可能性がある。
ここは一旦は離れ、様子をうかがうことが賢明だと森は考えたのだ。
すぐに警察に駆け込むことも考えたが、信じてはもらえないだろう。
それに、なんと説明すればよいのだ。
むしろ、不法侵入を行ったのはこちらなのだから、下手をすれば自分が逮捕されかねない。
明日まで待とう。
明日まで待ち、それでも岩村が出勤せず行方をくらましたとなれば警察に駆け込む道理ができる。
それに、岩村はあれでも大の男である。
あの屋敷の中で奮闘し、あの蛆を纏った怪人をのしてひょっこりと出てくる可能性だってあるではないか。
森は震える体をなんとか押さえつけながら、屋敷の門をくぐり外へとでた。
それから、この屋敷の場所を忘れないようにと注意深く、道を進んでゆく。
ああ大丈夫なはずだ。岩村なら明日の朝なにくわぬ顔で会社に顔を出してくれるさ。
いや、それとも今の出来事はまるごと夢なのかもしれぬ。
森はあまりの恐怖に失神寸前であった。
月は不気味に、冷たい色彩を放ち、森の進む道を暗く照らしていた。

明日、森は小さな希望を持ちながら自分の働くオフィスに入る。
その希望というのは、当然、岩村が平穏無事に顔を出してくれるという希望である。
だが、いくら待てども岩村は出社しない。
定刻を過ぎても出社しないものだから、課長は怒り気味である。
「おい森。岩村のことをしらないか。昨日、君たち二人は一緒に帰っただろう」
岩村の不在を見とがめた課長が森に事情を尋ねる。
「岩村の家に連絡は通じないのですか」
「ああ、それが、母親は出るのだが、息子は昨日から帰っておりませんなどというのだ。
君、なにか事情は知らないのか」
森の顔面は蒼白となり、わなわなと震えだす。
ああ、やはり昨日の出来事は夢でも幻でもなかったのだ。
なんということだ。岩村は、あの屋敷と、あの屋敷に住む怪人とに飲み込まれてしまったのだ。
森の明らかにおかしな様子を見て取った課長は森を追及する。
「おい森、やはりなにか知っておるのだろう。話したまえ」
観念した森は昨日のことを課長へ話す。
帰り道、岩村とともに屋敷の庭に忍び込んだこと。
そしてそこで岩村が、蛆を纏った怪人に引きずり込まれたことを。
課長はそれをきくと大慌てになり、警察へと連絡をした。
すぐに近くの警察署の警察官が駆けつけ、岩村が消えたという屋敷に行くことになった。
しかし、なんということだろうか。
あの怪人は魔法使いか、それとも悪魔だとでもいうのだろうか。
向かった先で森が目にしたのは、あまりにも不可思議な光景であったのだ。

「それで、その屋敷というのはこちらにあるのですか」
警視庁からきた山内という刑事は、車中メモをとりながら森に質問をする。
「ええそうです。バスを降りそこねてしまい、気分転換に散歩をしていたところみつけたのです」
警察の車はがたごととまだ舗装のされていない道路を進んでゆく。
「しかしなんでまたそんなところに二人で行ったのです」
「私が屋敷を見つけたことを話したら岩村が行ってみようと言ったのです」
これは答えづらい質問であった。なぜならば、その後二人は不法侵入をしたからである。
森のきまずそうな態度を見て取った山内は呆れた様子で「勝手に入るのはよくありませんなあ」と注意をした。
森はいたずらを怒られた子どものようにすみませんと頭を下げることしかできなかった。
道中森は記憶を頼りに車両の運転手に方向の指示を出し、かの屋敷に向かって進んでゆく。
やがて見覚えのある風景が出現し、あの立派な塀が見えてきた。
「刑事さん、この辺りです。私と岩村が訪れた屋敷はあの塀の向こうにあるはずです」
それを聞いた山内は、運転手にこの辺りで車を止めるように指示を出し、車から降り森にも降りるように言いながらこんな話をした。
「怪人にさらわれたというのがどうも得心できません。なにせ、この文明の世の中ですからね。そんな怪人が果たしているのやら」
「いえ、しかし、それでも私はこの目で確かにみたのです」
「まあ、万が一も考えてこのように拳銃も持ってきています。警察官も何人かここにはいますから安心してください」
森は自分の話が疑われていることに多少憤慨しながらも、なるほど、普通に考えれば信じられぬ話ではあるだろうと、一人納得していた。
いや、しかしながら、たとい疑われていたとしても、あの塀の向こうのあの屋敷の中を警察が捜査すれば誘拐の証拠の一つや二つ見つかるはずである。
そうすれば自分の疑いは晴れるであろうし、岩村の捜索が本格的に始まるだろう。
彼をあの屋敷に導いたのは自分であるのだから、多少なりとも責任を取る必要がある。
警察の捜査には森自身、協力を惜しまぬつもりであった。
森と山内、そしてその他数名の警察官は塀をたどり門扉の前までやってくるが、森は思わず声をあげてしまった。
「あっ。そんな、なぜ」
なんと不思議なことか、なんと恐ろしいことか。これがあの怪人の妖力とでもいうのであろうか。
昨日、森と岩村が訪れた屋敷は、周りを囲む塀を除いて、すっかり消え失せていたのである。

「森さん、これはどういうことですか」
山内は目の前に広がる空き地をみながら、森に問う。
「いえ、そんな馬鹿な。こんなのはおかしい」
森はひどく狼狽しながら山内に答える。
「とりあえず落ち着いてください」
山内は森の方に目を転じ、じっとみつめながらゆっくりと言った。
「本当にこの場所が、昨日あなたと岩村さんが訪れたところなのですか」
「はい。そのはずです。確かに見覚えがある」
「ですが、あなたのいう屋敷はここにはないではないですか」
「ええ、それがおかしいのです。そんな馬鹿なことがあるわけない」
森は必死になって、確かに昨日この場所に岩村と二人で訪れ、そして岩村が屋敷に飲み込まれたことを説明した。
山内はさてどうしたものだろうかといった様子であたりを眺め回していた。
その時であった。森が小さく声をあげる。
「あっ。刑事さん、あれです。あの隙間です」
塀の一部にあいている隙間を指さしながら、森は山内に話しかける。
「昨日は今みたいに門扉が閉じていたので、あの隙間から中にはいったのです。
あの隙間はご覧のように小さい。人一人がやっとこ入れるくらいのものです。
ですから、あの隙間の周りを調べれば、通るときについた私や岩村の指紋がみつかるかもしれません」
それを聞いた森は、近くにいた警察官にその隙間を調べるように指示すると、森に言った。
「分かりました。調べてみましょう。ですがそれ以上は調べられません」
「というのはどういう意味ですか」
「この中に入って調べることはできないということです」
「えっ、そんななぜですか。あそこで岩村はいなくなったのですよ」
森は山内の言葉に驚きながら言う。
「はっきり言って、今私はあなたの発言を疑っております。屋敷がなくなるわけがない。
もし屋敷が実際にあったのならば、誘拐事件としてこの中に入って調べることもできたでしょう。
ところがですよ、あなたの言っている屋敷などどこにもない。あるのは隙間だけだ。
これで信じろというほうが難しい。ですから、これ以上捜査を続けることはできないのです。
それに、警察が不法侵入を犯すわけにはいきませんからな」
「それじゃあ私はどうすればいいんですか。それに岩村はどうなるんですか」
「私ども警察で捜査は独自に進めます。それにあたってあなたに話を聞くこともあるかもしれない」
山内は森を睨みながら話し続ける。
「そうですね森さん、あの隙間の鑑定結果がでたらまた教えましょう。それまでは勝手なことはしないでいただきたい」
森は絶望感と無力感に打ちひしがれていた。
岩村が消えたのは自分の責任であるし、その消えた場所は忽然と姿を消しているときている。
警察はどうやら自分のことを少なからず疑いの目で見ているようだ。
森にはもはや、できることなどなにもなかった。

(次号へ続く)

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